父と僕とスカイライン③ ― 失ったRS、そして再会 ―

父と僕とスカイライン③ ― 失ったRS、そして再会 ―

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事故のあと、僕は1か月の免許停止処分となりました。

講習を受け、最後に試験を受けることで、免停期間は1日に短縮されました。

でも、それで事故が終わったわけではありません。

当時まだ未成年だった僕は、保護観察処分となりました。

3か月間、県外へ出るときには事前に報告が必要で、月に一度は講習にも参加しなければなりませんでした。

さらに、卒業検定を受けた自動車学校へ、今度は初心者違反者講習を受けに行くことにもなりました。

免許を取って、わずか1か月。

自分にとって、あまりにも大きな事故でした。

保護観察で出会ったのは、万引きや窃盗など、いろいろな理由でそこに来ている少年たちでした。

当時の僕は、

「自分はこの人たちとは違う」

どこかで、そう思っていました。

でも、今振り返ると違います。

危険な運転をして、大切な友達に大きな怪我をさせた。

理由は違っても、自分の行動で誰かを傷つけてしまったという意味では、僕も同じだったのだと思います。

若かったとはいえ、あの事故は今でも忘れることはありません。

そして事故でもう一つ失ったものがありました。

大好きだったスカイラインRSです。

廃車になったRSから取り外したメーターやエンブレム。

手元に残ったのは、そんなわずかな部品だけでした。

でも不思議なもので、RSを失ったことで、父も僕も以前にも増してRSへの思いが強くなっていきました。

そんなある日のことです。

父と車で国道を走っていると、道路沿いの中古車屋に一台の車が見えました。

一瞬でした。

でも、見間違えるはずがありません。

「RSじゃないか?」

すぐにUターンして、中古車屋へ戻りました。

そこにあったのは、事故で失ったRSと同じシルバーと黒のツートン。

しかも今度は、後期型のターボ。

いわゆる「鉄仮面」と呼ばれるRSでした。

もう30年以上前の話ですが、その頃でもRSは決して球数の多い車ではありませんでした。

だから、あのときの興奮は今でもよく覚えています。

車の周りを何度も見ながら、値札を確認すると50万円と記載がありました。

すぐに父と相談しました。

そして僕たちは、そのRSを購入することにしました。

もちろん、事故で失ったRSが戻ってきたわけではありません。

それでも僕にとっては、

もう一度、RSに乗れる。

それだけで本当に嬉しかった。

事故によって一度は失ってしまった、大好きなスカイライン。

それが偶然通りかかった国道沿いの中古車屋で、再び僕たちの前に現れたのです。

そしてここから、父と僕の「2台目のRS」が始まります。

――つづく。
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