誰も助けてくれなかった。それでも、僕は人に救われていた

誰も助けてくれなかった。それでも、僕は人に救われていた

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コラム
「苦しいときは、必ず誰かが助けてくれる」

そんな言葉を聞くことがあります。

もちろん、本当に手を差し伸べてくれる人もいます。

でも、現実は必ずしもそうではありません。

自分が本当に苦しいときほど、周囲にはその深刻さが伝わらない。

助けを求める言葉さえ出てこない。

気づいてもらえたとしても、見て見ぬふりをされてしまうこともあります。

最後は自分一人で、今日を生きるか、もう一度前へ進むかを決めなければならない。

そんな孤独があります。

青木真也さんの涙に、自分の過去が重なった

「超RIZIN.5」で行われた、朝倉未来選手と青木真也選手の試合。

僕が心を動かされたのは、試合の勝敗だけではありませんでした。

試合が決まってから本番を迎えるまで、青木選手が発信していた言葉。

長く格闘技界で結果を残しながら、ヒールとして批判も受けてきたこと。

それでも闘い続け、大きな舞台を前にして、多くの人から寄せられる応援や愛情を感じたこと。

これまでの孤独や苦しさを振り返りながら、何度も言葉を詰まらせ、涙を流して感謝を伝える姿がありました。

その姿を見て、僕自身の過去と重なるものを感じました。

本当に苦しいのは、自分だけだった

20代の頃、生活に困窮して、水道やガス、電気が止まったことがあります。

喉が渇けば、公園の水を飲む。

これからどうやって生きていけばいいのか分からない。

どこか誰も知らない場所へ逃げて、ひっそり暮らした方がいいのではないか。

そんなことを考えるほど、追い詰められていた時期がありました。

よく「困ったときには誰かが助けてくれる」と言います。

けれど、本当に窮地に立たされているとき、直接手を差し伸べてくれる人が現れるとは限りません。

つらいのも、苦しいのも自分。

それでも、自分で今日を生きることを選ばなければならない。

その現実は、とても孤独でした。

手を差し伸べられなくても、人の存在に救われることがある

直接助けてくれる人は、いなかったかもしれません。

それでも、

「あの人がいるから、もう少し頑張ろう」

「あの人に届くまでは、生きてみよう」

と思える人たちがいました。

何かをしてもらったわけではありません。

頻繁に連絡を取っていたわけでもありません。

ただ、その人がこの世界のどこかに存在している。

もしかしたら、自分のことを見てくれているかもしれない。

その意識が、自分を今日まで連れてきてくれたように思います。

振り返れば僕は、誰かに直接助けてもらったというより、たくさんの人の存在に救われていました。

誰かの物語が、誰かを生かすこともある

有名人でなくても、自分の人生を話すことには意味があります。

うまくまとめられなくてもいい。

立派な結論がなくてもいい。

自分がどんなことで悩み、何を感じ、どうやって今日まで生きてきたのか。

その物語が、今どこかで一人で踏ん張っている人に届くかもしれません。

「苦しいのは自分だけではなかった」

「この人も生きてきたのなら、もう少しだけ頑張ってみよう」

そう思える誰かがいるかもしれません。

誰かの物語は、きっと誰かの人生になる。

僕が映像をつくり、人の話を聞き、自分自身のことも発信しようと思う理由の一つです。

話がまとまっていなくても大丈夫です

誰かに話を聞いてほしいけれど、何から話せばいいのか分からない。

身近な人には心配をかけたくない。

正論やアドバイスではなく、まずは今の気持ちをそのまま聞いてほしい。

そんなときは、きれいに整理してから話す必要はありません。

結論が出なくても大丈夫です。

うまく言葉にできない時間も含めて、あなたのペースでお話を聞きます。

僕は、すぐに答えを出したり、分かったような言葉で片づけたりするのではなく、その人が見てきた世界を一緒に見ようとする相談相手でありたいと思っています。

動画やこの記事を読んで、

「この人になら、少し話してみてもいいかもしれない」

と感じていただけたら、サービスページからお声がけください。

深刻な相談でなくても構いません。

誰かと話したい。

少し気持ちを外に出したい。

そのくらいの気持ちで大丈夫です。
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