よく、日本には新しいものが作れない、イノベーションが起こらないという話をききますが、
その一つの原因として学校教育が天才を潰し、秀才を敬い、多くの凡才を作ることに適した組織になっているためだと思います。
この話をする前に、3つの才能の定義づけをしたいと思います。
〇天才
発想力・想像力が豊か、人に合わせるより自分のイメージ先行、一つのことに没頭するタイプ、全体のごく少数
〇秀才
論理的・再現性の高いことを考える、よって頭がいいと思われることが多い、全体の少数
〇凡才
共感力・空気を読むことが上手、人と仲良くやることが得意、全体の大多数
この場合、大多数の凡才は空気を読めない天才を理解できません。
理解できないものは排除されるこの流れになりやすいです。
人は排除されればどうなるか、その団体には属すことがむずかしくなります。
昨今の個性を大切にするという考え方は天才を許容するということになると思います。
もし、あなたの子供が学校に行かない、行きたくないということで悩んでいたとすれば
天才の可能性があります。
うちの子の一人は高校の途中で野球を辞めました。野球自体は嫌いではないと思うのですが、たぶん高校野球の気質に合わなかったのだと思います。
当時私は、子供の話を聴くことができませんでした。周りの目、自分の都合、自分の見栄やプライドもありました。
自分の子供が落ちこぼれと思うのではなく、天才の素質があると思えばきっと自分の対応も違っていたと思っています。
子供を育てるということは、子供の才能を伸ばしてあげることだと今は思います。