はじめに
家系図を作ると、ご先祖様の名前や、かつて暮らしていた土地が分かります。
でも、私が面白いと感じるのは、その先です。
「その土地には、どんな景色が広がっていたのだろう。」
名字を調べ、古地図を開き、その土地を歩いてみる。
すると、名前だけでは見えてこなかった土地の歴史や、ご先祖様が暮らしたかもしれない風景が、少しずつ浮かび上がってきます。
今回は、「藤田」という名字を手がかりに、兵庫県加東市に残る「藤田」という土地を訪ねてみます。
ルーツの旅クイズ
兵庫県加東市の藤田には、木梨神社という神社があります。
『加東郡史』には、この木梨神社と「藤田三郎太夫」という人物にまつわる話が残されています。
さて、藤田三郎太夫がしたと伝えられていることは、次のうちどれでしょう?
A 大池に棲みついた大蛇を退治した
B 山の上に城を築いた
C 海を渡ってこの土地にやって来た
D 新しい田畑を開いた
正解は…
A 大池に棲みついた大蛇を退治した
です。
では、なぜ「藤田」という名字を調べていて、藤田三郎太夫という人物にたどり着いたのでしょうか。
ここから、名字と土地をつなぎながら、少しずつたどってみます。
「藤田」という名字と土地
「藤田」という名字には、「藤の生えている田」など、土地の様子から生まれたと考えられるものがあります。
全国各地に「藤田」という地名が残っていることからも、同じ名字が一つの家系だけから生まれたとは限りません。
つまり、
「藤田」という名字だから、すべて同じ先祖につながるわけではない。
ここが、名字からルーツをたどるときの大切なポイントです。
そこで今回は、「藤田」という名字を手がかりに、実際に「藤田」という地名が残る土地を探してみます。
その一つが、兵庫県加東市の藤田です。
兵庫県加東市に残る「藤田」
兵庫県加東市には、現在も「藤田」という地名が残っています。古い地図を開いてみると、そこにも「藤田」と記されています。
地図を少し広げてみると、藤田の周辺には、
木梨、三草、久米
など、いくつもの地名が見えてきます。
藤田だけを切り取るのではなく、その周辺まで眺めてみる。すると、「藤田」という場所が、いくつもの集落や土地のつながりの中にあったことが分かります。
今昔マップで、昔の藤田を見てみる
1903年頃の地図と、現在の地図を比べてみます。
道路や建物、行政区画は大きく変わっています。
それでも、「藤田」という地名は現在まで残っています。
かつては「藤田村」。
現在は「加東市藤田」。
行政上の村はなくなっても、地名として「藤田」が残っているのです。
そして、地図を眺めていると、藤田だけではなく、木梨、三草、久米といった周辺の地名との位置関係も見えてきます。
名字を調べていたはずが、いつの間にか土地の地図を見ている。これも、名字から始めるルーツの旅の面白さです。
藤田村に残る「木梨神社」
では、この藤田には、どんな歴史があるのでしょうか。
『加東郡史』を開いてみると、藤田村についての記述の中に、木梨神社が登場します。
そして、ここで先ほどの「藤田三郎太夫」という人物につながります。
木梨神社には、藤田三郎太夫が神社に祈願し、その後、大池に棲みついた大蛇を退治したという伝承が残されています。
こうして調べていくと、
藤田という名字
↓
藤田という土地
↓
木梨神社
↓
藤田三郎太夫
と、一つの名前を手がかりに、土地と人物の物語が少しずつつながってきます。
「藤田三郎太夫」は、ほかの資料にも登場する?
ここまで来ると、もう一つ気になることがあります。
藤田三郎太夫という名前は、『加東郡史』だけに登場するのでしょうか。
調べてみると、『平家物語』にも、「藤田三郎大夫」という人物の名前が登場します。
源範頼の軍勢の中に、その名前を見ることができます。
さらに、『姓氏家系大辞典』にも藤田三郎太夫についての記述があります。
ここで、また一つの問いが生まれます。
加東の藤田三郎太夫と、『平家物語』に登場する藤田三郎大夫行泰は、同じ人物なのでしょうか?
今回確認した資料だけでは、そこまで断定することはできません。史料によって表記が異なる部分もあります。
でも、ここで大切なのは、答えを無理に決めることではありません。
「同じ人物なのだろうか?」
という新しい問いが生まれたことです。
名字を調べていくと、最初には想像していなかった歴史上の人物や資料に出会うことがあります。それも、ルーツをたどる面白さの一つです。
古い地図から見る「藤田」
もう一度、古い地図に戻ってみます。
現在の加東市藤田は、明治22年には周辺の村々とともに上福田村となり、その後、社町を経て、現在の加東市となりました。
行政区画は、時代とともに変わっています。それでも、「藤田」という地名は残っています。地図を時間の流れに沿って見ていくと、
行政上の区切りが変わっても、土地の名前が受け継がれていくことがある。
そんなことにも気づきます。
そして、木梨神社は藤田明神とも呼ばれていたとされています。
地名、神社、古い記録。
一つずつ調べていくと、「藤田」という土地に残された記憶が少しずつ見えてきます。
私が面白いと感じるのは、ここからです
今回、「藤田」という名字から調査を始めました。
名字の由来を調べる。
↓
「藤田」という土地を探す。
↓
今昔マップで昔の地図を見る。
↓
郷土史から木梨神社を知る。
↓
藤田三郎太夫という人物に出会う。
↓
さらに別の史料を調べてみる。
すると、
名字 → 土地 → 地図 → 神社 → 人物 → 歴史
と、調べる範囲が少しずつ広がっていきます。
最初は「藤田」という二文字だったものが、調べていくうちに、一つの土地の風景や、そこで暮らした人々の歴史へと変わっていく。
私は、こういう瞬間が好きです。
ただし、「名字のルーツ」と「自分の家のルーツ」は違います
ここで、大切なことがあります。
今回の加東市藤田を調べたからといって、
「藤田姓の人は、みんな加東市藤田が先祖の土地だった」
ということではありません。
藤田という名字は全国に広く分布しており、同じ名字が別々の土地で生まれた可能性もあります。
つまり、
名字のルーツとあなたの家のルーツ
は、同じとは限りません。
名字の本を調べれば、「藤田」という名字がどのように生まれた可能性があるのかを知ることができます。
でも、
「あなたの家の藤田は、どこから来たのか?」
これは、名字だけでは分かりません。
そこで手掛かりになるのが、戸籍です。
家系図は、「自分の家」を調べるための最初の地図
戸籍をたどると、父母、祖父母、その先のご先祖へと、自分から過去に向かって人のつながりを確認していくことができます。
そこに記された名前や本籍地などを手掛かりにすると、
「この人は、どこで暮らしていたんだろう?」
「この土地は、今どうなっているんだろう?」
という、次の問いが生まれてきます。
ここから先は、今回の「藤田」の旅と同じです。
戸籍で人のつながりをたどる。
↓
本籍地などから土地を調べる。
↓
古い地図を開いてみる。
↓
郷土史や史料を調べてみる。
↓
実際にその土地を歩いてみる。
家系図は、先祖の名前を並べて完成させることだけが目的ではありません。
それは、
「自分は、どこから来たのだろう?」
という問いを、具体的にたどっていくための最初の地図にもなるのです。
あなたも、自分のルーツをたどってみませんか?
今回の藤田の旅では、
「藤田」という二文字から始まり、
土地が見え、
古地図が見え、
神社が見え、
一人の人物が見え、
そして歴史が見えてきました。
では、あなたの名字から始めたら、何が見えてくるでしょうか。
そして、あなたの家の戸籍をたどったら、どんな人と、どんな土地につながっているのでしょうか。
名字を知ることから、家を知ることへ。
その先には、まだ知らない自分のルーツが待っているかもしれません。
まずは、あなたの家の「はじめの家系図」から。
あなたは、何を遺したいですか。
そして、その先にある土地まで、一緒にたどってみませんか。
あなたの名字には、どんな景色がありますか?
今回訪ねたのは、兵庫県加東市の「藤田」。
そこには、地名があり、神社があり、古い記録があり、そして人々の暮らしが続いていました。
名字をきっかけに土地を調べてみると、普段なら見過ごしてしまう風景が、少し違って見えてきます。
あなたの名字は、どんな土地につながっているのでしょう。
その景色を探す旅をご一緒できたら嬉しいです。
まずは、「ルーツの旅」とはどんな旅なのかをご覧ください。
一つひとつの名字から、日本各地の風景と歴史をたどる「ルーツの旅」を、これからも続けていきます。
【参考文献・資料】
📖 太田亮『姓氏家系大辞典』
📖 高澤等・森岡浩『決定版 面白いほどよくわかる!家紋と名字』
📖 森岡浩『ルーツがわかる名字の辞典』
📖 『加東郡史』加東郡教育会、大正12年/国立国会図書館デジタルコレクション
📖 『平家物語20巻』/国立国会図書館デジタルコレクション
📖 今昔地図は、今昔マップ on the webより作成
※「藤田」姓の順位・分布については、森岡浩氏による各地域の電話帳をもとにした独自集計による。