人生って、本当に不思議だなと思う。
20代の頃、どうしても一緒になりたかった人がいました。
結局、その人とは結婚できなかった。
当時の私は、ただただ悲しかったし、「残念なこと」だと思っていました。
好きな人と一緒になれない。
こんなに好きなのに、どうして?って。
でも、何十年も経った今は、少し違う見方をしています。
もしかしたら、あの恋が叶わなかったことも、私にとって必要な試練だったのかもしれないな、と。
その人と出会ったのは、20代の頃、シンガポールで働いていたときでした。
彼はマレーシアのクアラルンプール出身で、シンガポールの永住権を持っていました。シンガポールの日系企業で、品質管理部門の部長をしていた人です。
私は、本当にその人が好きでした。
彼の親戚からも「いつ、結婚するの?」なんて聞かれていたくらいなので、周りから見ても、そういう関係に見えていたんだと思います。
でも、いろいろな事情があって、私たちは結婚には至りませんでした。
彼は、とにかく優しい人でした。
私が何か言えば「いいよ」と言ってくれる。
困ったことがあれば助けてくれる。
シンガポールはそれなりに物価も高かったので、生活の中でお金がかかることもありました。
そんなときも、携帯代を払ってくれたり、いつも「僕が払うよ」と言ってくれたり。
「君は僕の彼女でしょ」
そんな感じで、私のことを大切にしてくれていたのが彼。
それまで、日本人としか付き合ってこなかった私は軽くカルチャーショックでした。w
だって、好きな人が自分のために何でもしてくれるんですから、そりゃあ嬉しいですよね。
ちなみに、私は今の旦那からもほかの男性からも。
貴金属の類、それどころかプレゼントすらをもらったことがありません。
ちなみにこないだ旦那に意味もなく、「誕生日プレゼントは?」って言ったら、「旅行いってるじゃん」と返されました。
確かに。
私には旅行に行ける自由のほうがありがたい。w
少し出してもらってるしね。www
けど、彼は唯一。
私にお金を惜しみなく使ってくれた人でした。
そんな経験は初めてで、本当に驚いたし、ましてや人生で一番好きになった人にそんなことをされて、ちょっとした「姫気分。w」でした。
けどね。
私、思うんです。
もし、あのまま彼と一緒になってたら。私、何もできない人になっていたんじゃないかなって。
何かあれば彼に頼る。
彼に甘える。
自分で考えなくても、彼が何とかしてくれる。
そんなバカで何もできない女になってかもしれません。
だって、当時の私は、今よりずっと何もかもができてなかったから(笑)
やってもらったら、最初はもちろん「ありがとう」と思う。でも、それが毎日続いたら?
そりゃ、当たり前になるよね?
私がそんな罰当たりにならなくてよかったし、。
「やってくれて当然」なんて思うようにならなくてよかった。
だって本当にそうなってたとしたら…???
私は最低な女になっていたかもしれないから。
そして、30歳で私は日本に帰国しました。
銀行に勤務して1年後ぐらいに今の夫と出会い、33歳の誕生日には結婚していました。考えてみれば、日本に帰ってきてから結婚するまで、3年くらいなんですよね。
でも、その3年間にも、いろいろな出会いがありました。
当時の私は、「自分は日本人男性とはうまくやっていけないんじゃないか」と思っていたので、外国人との出会いを重視していました。
当時、香港、シンガポール、台湾、韓国など、いろいろな国の人が集まる会に参加していました。
そんな中で、今でもよく覚えている出来事があります。
ある夏、船の上で行われた花火大会のダンスパーティーに参加した時のこと。
その日は、浴衣着用が必須だったんで、ユニクロみたいなところで簡易的に着れる浴衣を買って参戦。
いつもの仲良しの中国人女子と日本人男子と一緒に参戦。
そして、なぜだからわらかないけど、船上で出会った台湾の財閥系のお家の御曹司からアプローチされ、電話番号を交換。
そしてその後、何回か食事に行きました。
その何回目かの食事のときに、「台湾に帰ったら実家の会社で働くことになっている。好きだから、一緒に台湾にきてほしい。結婚しよう。」と。
だいぶストレートな告白を受けました。
今考えても、すごい話ですよね。
「あーーー。のっときゃよかった。」
と、今でも頭をよぎる。www
でもさーーー、私はその人を好きにはなれなかったんだよね。
お金がある。
家柄がいい。
将来も有望。
でも、そんなことには1ミリも興味がなかった私。
結局、私は「自分が好きになった人」が好きなんですよね。
みんなもそうじゃない???w
一緒にいて心地いいとか、その人自身に惹かれるとか。
そういうもののほうが、私にとってはずっと大切だった。
そして、最終的に結婚したのが今の夫です。
夫は、昔の彼とはかなり違います(笑)。
とにかく冴えない。www
とにかくさえなくて、ぱっとしない理系男子。www
母親に旦那を会わせるときに
「とにかくぱっとしないのよ…」
っていったら、
母親が、
「パッとしないぐらいがちょうどいいのよ」
って笑ってた。
そんなもんなのかなーーー?って疑問符が浮かんだ。
けどさ、マレーシアの彼もパッとしてたわけじゃない。
知り合った頃はやせててかっこよかったけど、最後ごろは。
私もそーだけど、おじさん感はあった。
けど、かっこよかった。
で、旦那。
言わないと何もやらない。
基本的に私のせい。
「お前が言ってなかったから」
「言ってくれたらどーのこーの」って。
でも、こういう人と一緒にいて、ふーーーん。人間ってこんな感じなのかーーー。と思ったし、自分でやればいーっかとも思えた。
何でも先回りしてやってくれるわけじゃない。
私が言わなければやらない。私が伝えなければ分からない。
でも、それも私には必要だったのかもしれません。
相手が何でもやってくれるわけじゃないから、自分で考える。
自分で動く。
必要なことは、自分から伝える。
「こうしてほしい」と言葉にする。
だから今になって思うんです。
もし、あの頃の彼と一緒になっていたら、今の私はいなかっただろうなって。
でも、きっと。
私は幸せだっただろうなって。
でも、私は今のように、自分で考えて、自分で動く人になっていたのかな。
そこは、ちょっと分からない。
だからといって、「だから彼と結婚しなくてよかった」という話でもない。
そんな簡単な話ではないんです。
ただ、結婚できなかったという一つの結末だけを見て、「残念だった話」で終わらせるのも違う気がする。・
あの経験があったから、成長できた。
それも事実。
人生って、そのときには答えが分からないことが多いですよね。
「どうしてこんなことになったんだろう」
「どうして私の思い通りにならないんだろう」
そう思うこともある。
けれども、あとから振り返ると、「ああ、そういうことだったのか」と思えることがある。
叶ったから正解。
叶わなかったから失敗。
うまくいったから幸せ。
うまくいかなかったから不幸せ。
そんな単純なもので片づけられるものじゃあない。
たとえ、どんな結末になったとしても、そこには何かしらの意味があるはず。
けれども、その「意味」を見つけられるかどうかは、自分次第。
「あの出来事は最悪だった」で終わるのか。
それとも、「あの経験があったから、私はこうなれた」と思えるのか。
同じ出来事でも、そこから何を見いだすかによって、その出来事の意味は変わっていく。
だからこそ、人生には意味があるんだと思う。
どんな結末だったとしても、意味がある。
大切なのは、その意味を見いだせるか、見いだせないか。
**答えはいつも、あとからわかる。**