親の介護が始まった。
病院から電話がかかってくる。
通院に付き添わなければならない。
ケアマネジャーとの面談がある。
施設も探さなければならない。
仕事中にも親のことが頭から離れない。
そして、ふと、「もう仕事を辞めた方が楽なのではないか?」と思う。
介護が始まった直後は、このような気持ちになることがあります。
確かに、仕事を辞めれば時間は増えます。
平日に病院へ行ける。
介護サービスの手続きもできる。
急な呼び出しにも対応できる。
しかし、介護離職には大きな問題があります。
仕事を辞めることで、
収入が減る。
社会とのつながりが減る。
キャリアが中断する。
再就職が難しくなる可能性がある。
そして何より、「介護がいつ終わるのか分からない」という問題があります。
半年だと思っていた介護が、数年続くこともあります。
親の介護を支えるために仕事を辞めた結果、今度は自分自身の老後資金が苦しくなってしまう。
それでは、親の人生を守るために、子どもの人生が大きく揺らいでしまいます。
だからこそ、「仕事を辞める」という決断は、介護が始まった直後にしてほしくありません。
その前に、少なくとも次の10項目を確認してみてください。
1.まず会社に「介護が始まった」と伝えたか?
最初に確認したいのは、会社へ相談したかどうかです。
介護が始まると、
「職場に迷惑をかけたくない」
「評価に影響するのでは」
「家庭のことを会社に言いたくない」
と、一人で抱えてしまう人がいます。
そして、
有給休暇だけで対応する。
遅刻や早退を繰り返す。
仕事を持ち帰る。
疲れ切る。
最後に、「もう辞めます」となってしまいます。
しかし、会社には仕事と介護を両立するための制度がある可能性があります。
人事。
上司。
社内相談窓口。
などへ、「親の介護が始まり、仕事との両立について相談したい」と早めに伝えてみてください。
2025年4月からは、介護に直面したことを申し出た労働者に対して、企業が介護休業などの制度を個別に周知し、利用意向を確認する仕組みも強化されています。
退職届を書く前に、まず相談する。
これが最初の一歩です。
2.介護休業を「介護するための休み」だと思っていないか?
介護休業という制度があります。
現在の制度では、「対象家族一人につき、通算93日まで、3回に分けて取得できる」仕組みがあります。
ここで非常に大切なのは、介護休業を、「93日間、自分で親を介護する制度」と思わないことです。
介護休業の重要な目的は、「仕事と介護を両立できる体制をつくること」です。
たとえば休業期間中に、
地域包括支援センターへ相談する。
要介護認定を進める。
ケアマネジャーを決める。
介護サービスを組み立てる。
家族の役割分担を決める。
施設を探す。
住環境を整える。
こうした準備を行います。
つまり、「自分が介護する」から、「自分が仕事をしていても介護が回る仕組みをつくる」ための時間として考えることが重要です。
3.介護休暇を使えるか確認したか?
介護休業とは別に、「介護休暇」という制度もあります。
たとえば、
親の通院に付き添う。
ケアマネジャーと打ち合わせをする。
介護サービスの手続きをする。
このようなスポット的な対応には、介護休暇を活用できる場合があります。
現在の制度では、対象家族が一人の場合は年間5日、二人以上の場合は年間10日まで取得でき、原則として1日または時間単位での取得が可能です。
介護が始まると、
「半日だけ休みたい」
「病院へ付き添う2時間だけ仕事を抜けたい」
という場面が増えます。
そのたびに有給休暇を一日使っていたら、すぐに残日数が減ってしまいます。
退職を考える前に、「介護休暇をどのように使えるのか?」を会社へ確認してみてください。
4.働く時間を変えられないか確認したか?
仕事を続ける方法は、「通常勤務」か「退職」の二択ではありません。
会社によっては、
短時間勤務。
フレックスタイム。
時差出勤。
残業を減らす。
テレワーク。
などを活用できる可能性があります。
たとえば、
朝、親のデイサービス送り出し後に出勤する。
夕方の介護に間に合うよう早めに退社する。
病院へ行く日は勤務時間をずらす。
週に何日か在宅勤務にする。
このような調整で、仕事を続けられる場合があります。
介護では、働くか辞めるかではなく、「働き方を変えられないか」を先に考えることが大切です。
5.介護サービスを最大限使っているか?
仕事を辞めようとしている人に、ぜひ確認してほしいことがあります。
それは、「家族がやらなくてもよい介護まで、自分でやっていないか?」ということです。
たとえば、
訪問介護。
デイサービス。
ショートステイ。
訪問看護。
福祉用具。
配食。
見守り。
民間サービス。
など、利用できる支援があります。
「親だから自分がやる」と考えると、介護は際限なく増えていきます。
食事。
掃除。
買い物。
病院。
入浴。
薬。
見守り。
すべて自分でやれば、仕事との両立が難しくなるのは当然です。
大切なのは、「自分にしかできないことと、サービスに任せられることを分けること」です。
まず地域包括支援センターやケアマネジャーへ、「仕事を続けたいので、家族だけで介護しない方法を考えたい」と相談してみてください。
6.兄弟姉妹との役割分担を見直したか?
介護離職を考える人の中には、実質的に一人で親の介護を抱えている人もいます。
近くに住んでいるから。
長女だから。
長男だから。
親から一番頼られているから。
こうした理由で、
通院。
買い物。
病院との連絡。
ケアマネジャーとの調整。
お金の管理。
施設探し。
すべて一人で担っている。
その結果、「もう仕事を辞めるしかない」となってしまいます。
でも、その前に家族へ、「今のままだと仕事を続けられない」と伝えてみてください。
遠方の兄弟姉妹でも、
施設を調べる。
親へ電話する。
費用を負担する。
書類を整理する。
帰省時に交代する。
など、できることがあります。
第38話、第43話でもお伝えしたように、完全に平等にする必要はありません。
大切なのは、誰か一人にすべて集中させないことです。
7.「自分がいなくても回る1週間」を作れるか?
これは、ぜひ実際に試してほしいことです。
仮にあなたが一週間、
出張。
入院。
旅行。
などで親のところへ行けなかったとします。
その間、
食事はどうなるか?
薬はどうなるか?
入浴はどうなるか?
通院はどうなるか?
買い物はどうなるか?
緊急時はどうするか?
ここを確認します。
もし、「私がいないと全部止まる」のであれば、介護体制そのものを見直す必要があります。
仕事を辞めて、その穴を自分が全部埋めてしまうと、ますます、「自分がいなければ成立しない介護」になります。
目指したいのは反対です。
自分が働いていても回る介護体制をつくる。
それが介護離職を防ぐ大切な考え方です。
8.退職した後の家計を計算したか?
仕事を辞める前に、必ず数字を出してほしいと思います。
現在の手取り収入。
退職後の収入。
生活費。
住宅費。
自分自身の社会保険や税負担。
今後必要になる介護関連費用。
自分自身の老後資金。
これらを確認します。
「介護が大変だから辞める」という気持ちは理解できます。
しかし、退職すると、たとえば「毎月30万円あった収入が大きく減る」ということもあります。
それが1年なら。
3年なら。
5年なら。
どのくらいの金額になるでしょうか?
さらに、その期間に本来積み上げられた貯蓄も減ります。
介護離職の影響は、今月の給料がなくなるだけではありません。
自分の将来にも影響します。
だから退職前には、「辞めたら家計がどうなるか?」を必ず数字で確認してください。
9.介護休業中の給付も確認したか?
介護休業を取得する場合、一定の要件を満たせば、雇用保険から介護休業給付金を受けられる場合があります。
現在は、一定の要件のもと、休業開始時賃金日額の67%相当額が給付される仕組みがあります。
もちろん、実際の支給要件や金額については勤務先やハローワークへの確認が必要です。
大切なのは、「休んだら収入が完全にゼロになる」と最初から思い込まないことです。
会社独自の支援制度がある可能性もあります。
介護休業。
介護休業給付。
有給休暇。
介護休暇。
短時間勤務。
こうした制度を組み合わせながら、「できるだけ退職せずに乗り切る方法」を探してみてください。
10.「本当に退職しかないのか?」を第三者と確認したか?
最後に、最も大切な確認です。
退職届を出す前に、誰か一人でもいいので、第三者に相談してください。
会社の人事。
上司。
地域包括支援センター。
ケアマネジャー。
ハローワーク。
労働局の相談窓口。
キャリアコンサルタント。
ファイナンシャルプランナー。
誰でも構いません。
介護の真っただ中にいると、視野が狭くなることがあります。
「もう無理」「辞めるしかない」と思っていたけれど、
介護サービスを一つ増やす。
勤務時間を変える。
兄弟に一部を任せる。
ショートステイを使う。
ことで両立できる可能性もあります。
退職という大きな決断を、一人で、疲れ切った状態で決めないことが非常に大切です。
「仕事を辞めれば介護が楽になる」とは限らない
仕事を辞めれば時間は増えます。
しかし、その時間がすべて介護に使われるようになる可能性もあります。
それまでデイサービスを利用していたのに、「家族が家にいるなら必要ない」となる。
家族自身も、「自分がいるのだからやらなければ」と思う。
すると、24時間介護中心の生活になることがあります。
そして、
親。
介護。
家。
だけの生活になっていく。
仕事には収入だけではなく、
人とのつながり。
社会との接点。
自分の役割。
介護から離れる時間。
という側面もあります。
だから仕事を続けることは、「収入を守るだけでなく、介護者自身の生活を守ること」にもつながります。
親の介護期間と、自分の人生後半戦は重なっている
この連載のテーマは、「親70歳・子45歳から始める人生防衛戦略」です。
45歳。
50歳。
55歳。
この年代は、親の介護が現実になりやすい一方で、自分自身にとっても重要な時期です。
住宅ローン。
子どもの教育費。
老後資金。
キャリア。
健康。
これからの働き方。
いろいろな課題が重なります。
そんな時に介護離職してしまえば、親の問題と自分の老後問題がつながってしまいます。
だからこそ、親の介護を支えることと、自分の人生を守ることを同時に考える
必要があります。
仕事を辞める前に確認したい10項目
最後に、もう一度整理してみます。
1.会社へ介護が始まったことを相談したか?
2.介護休業を確認したか?
3.介護休暇を確認したか?
4.短時間勤務・時差出勤・テレワークなどを検討したか?
5.利用できる介護サービスを十分に使っているか?
6.兄弟姉妹など家族の役割分担を見直したか?
7.自分がいなくても介護が回る仕組みを考えたか?
8.退職後の家計を具体的に計算したか?
9.介護休業給付など経済的支援を確認したか?
10.退職前に第三者へ相談したか?
この10項目をすべて確認したうえで、それでも、「今の仕事を続けることは難しい」という結論になることもあるでしょう。
その場合、退職や転職、働き方の変更が必要なこともあります。
大切なのは、「介護が始まったすぐに、勢いだけで辞めないこと」です。
介護離職を防ぐために必要なのは「頑張ること」ではない
仕事を辞める前に絶対確認したいこと。
それは、自分がもっと頑張れるかどうかではありません。
むしろ反対です。
自分がやらなくてもいいことを減らす。
会社に相談する。
制度を使う。
介護サービスを使う。
家族に頼る。
専門家へ相談する。
そうやって、「一人で頑張らなくても続く仕組みをつくること」です。
親を大切にしたい。
仕事も続けたい。
自分の生活も守りたい。
その3つは、必ずしも矛盾するものではありません。
介護離職をしないことは、親を見捨てることではありません。
むしろ、長く親を支え続けるために、自分の生活基盤を守る選択でもあります。
仕事を辞めるのは、いつでもできます。
でも、一度失った収入やキャリアを取り戻すことは、簡単とは限りません。
だからこそ、退職届を書く前に、「まだ使っていない制度や支援はないか?」を、もう一度確認してみてください。
親の人生を守るために。
そして、介護が終わった後も続いていく、自分自身の人生を守るために。
次回はいよいよ最終回、第50話です。
テーマは、「一人で抱え込まない。相談を使って準備を前倒しする方法」です。
これまで49回にわたってお伝えしてきた、
介護。
仕事。
お金。
終活。
家族。
住まい。
認知症。
そして人生防衛。
これらを最後に一つにつなげながら、「では、親が元気な今、私たちは何から始めればいいのか?」を整理して、この連載を締めくくりたいと思います。