結論から言います。
経験で押し切れる仕事と、体力がないとどうにもならない仕事は、はっきり違います。それに気づかされたのは、理屈ではなく、ある日のたった一言でした。
製造の現場に来てから、検品や仕上げの作業、フォークリフトの運転、チームへの指示出しと、一通りの業務をこなしてきました。接客や店舗運営とは勝手が違う部分も多く、最初は戸惑うこともありましたが、体を動かすこと自体には自信がありました。27年間、現場で動き続けてきた人間です。多少の無理はきく、そう思っていました。
ある日、重量のある部材を運ぶ作業で、いつものように動いたつもりでした。ただ、持ち上げた瞬間、腰のあたりに今までと違う違和感が走りました。顔には出さなかったつもりですが、近くにいた若いスタッフが声をかけてきました。
「大丈夫ですか。無理しないでくださいね」
悪意のない、ただの気遣いです。でもその一言が、思っていた以上に刺さりました。
■ 「できる」と「できていた」は違う
その日、家に帰ってから、ずっと引っかかっていました。
できないと思ったことは一度もありません。実際、作業自体はやり遂げています。ただ「無理しないでください」と言われたということは、傍から見て「無理をしているように見えた」ということです。自分の感覚と、周りから見える姿の間に、小さくないズレがあったんだと思います。
20代や30代の頃は、多少の無理も翌日には忘れていました。今は違います。疲労の抜け方が違う。同じ動きをしても、翌朝の体の反応が違う。これは気合でどうにかなる話ではなく、単純に体の仕組みが変わったということです。認めたくない気持ちはありましたが、認めないと次の判断を誤ると思いました。
■ 体力の代わりに差し出せるもの
ここで大事なのは、「だから引退する」という話ではないということです。体力が落ちたのは事実ですが、27年間の現場経験まで消えたわけではありません。
むしろ、体力で押し切れなくなった分、頭を使う比重を意識的に増やすようになりました。無理に一人で運ぼうとせず、誰かに頼む判断を早くする。重い作業の順番を先に組み替えて、体力が残っているうちに片付ける。これまでなら気合でやっていたことを、仕組みとして組み立て直す。結果的に、これも「属人化をなくす」という、自分がずっとやってきたことと同じ発想でした。
体力が衰えたことは、認めるのに時間がかかりました。それでも、体で解決できないことを頭と経験で埋め合わせる、という発想に切り替えられたのは、むしろこの歳になったからこそだと思っています。
転職活動でも、同じことを感じています。若い世代と体力で張り合おうとすれば、分が悪いのは当然です。でも、経験を仕組みに変えて差し出せるなら、そこは体力に関係なく勝負できる場所です。
もし「体力はもう若い頃のようにはいかないけれど、経験を武器に次の仕事を探したい」と感じているなら、その経験の棚卸しを一緒にやらせてください。