直感は不思議だ。
子供の頃、こういうことがあった。
(当りのガムは、これだ。)
友達が差し出してくれた数個のガムを見て、私はすぐに “わかった”。
(でも、当りのガムをもらったら、この子に悪いな…でも、待てよ、
包み紙を開ける前に、このガムが当りだなんて、
この子にはわからないよね。)
友達に悪い気がしながらも、そのガムを1個もらって、開けてみたら
«当り!もう1個もらえるよ!»
と書いてあった。
子供の頃って、そういうことが時々、本当にあった。
無欲だったからかな?
当たってほしいだなんて、少しも思っていなかった。
私達は、未来からの情報を無意識に知っているのかもしれない。
だから、嫌な予感がしたり、
反対に良い予感がしたりするんだろう。
時間は、川の流れのように、未来から過去に向かって流れてゆく。
だから、先のことがわかるなんて、自然なことじゃないか。
そんな風に、ネットで偉い先生が言っていた。
一理あるな、一理どころか、それが本質かも。
凄く良い予感がして、身なりを綺麗にしていたら素敵な相手と出逢った、
何となく体が重いような気がして、この道は行かない方がいいと思ったのに、
無理して行ったら、水たまりの水を車に跳ね掛けられた。
…これって、未来からの情報が来たから、こういう行動に出ようと思った、
あるいは実際行動した、ってことだよね。
凄く無理したり、頑張りすぎたり、余りに一つのことに固執しすぎると、
こういった自然な感覚は失われる。
現代は、『失われやすい』時代だ。
テレビやネットや、街中は過剰な情報で溢れてる。
1度、見ないで、耳も塞いで、遮断する。
そういう気持ちになって、内側の感覚に集中する。
それが出来るようになったら、生きるのはもっと、楽になると思う。