……平気なふり、得意だから
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ノートの文字を追いながら、
凪は、ふと手を止めた。
悠真の字は、
相変わらず少し角ばっていて、
でも読みやすい。
(この人は、こういうところも変わらない)
安心するはずなのに、
胸の奥が、少しだけざわつく。
——どうしてだろう。
昨日のこと。
教室の、あの一言。
悠真の「うん」。
あれは、
間違いなく、凪を否定しなかった。
でも。
(……私の気持ちは?)
守ってくれたかどうかじゃない。
正しかったかどうかでもない。
ただ、
私がどう感じたかを、
まだ伝えていないことに、
今さら気づいてしまった。
「……ねえ」
声が、思ったより小さくなった。
悠真が、ペンを止める。
「なに?」
凪は、一瞬だけ迷ってから言う。
「さっきのこと」
「気にしてないって言ったけど」
悠真は、遮らない。
うなずきもしない。
ただ、聞く。
それが、凪にはわかった。
「……本当は、少しだけ怖かった」
言ってしまったあとで、
胸がきゅっと縮む。
——こんなこと言ったら、
——重いって思われるかもしれない。
でも。
悠真は、
すぐに答えなかった。
その“間”が、
凪の心臓を叩く。
「怖かったんだ」
確認するみたいに、
低い声で言う。
「うん」
凪は、逃げずにうなずいた。
悠真は、ノートを閉じて、
凪の方を見る。
視線は、まっすぐじゃない。
少し下。
「俺さ」
「昨日のあれで」
凪の息が止まる。
「凪が、何も言わなかったから」
「平気なんだと思ってた」
責める声じゃない。
言い訳でもない。
ただの、事実。
その瞬間、
凪の胸に、じんわりと熱が広がった。
(……聞いてくれてる)
正解を探していない。
未来の約束もしていない。
ただ、
いまの気持ちを、受け取りに来ている。
凪は、
初めて少しだけ笑った。
「……平気なふり、得意だから」
自分でも、
よくあるって思う。
大丈夫って言って、
本当は大丈夫じゃないまま、
夜になってしまう感じ。
悠真は、
ほんの少しだけ、困った顔をする。
「それ、ずるいな」
「……ごめん」
「謝らなくていい」
悠真は、そう言ってから、
少し間を置いた。
「でも」
「言ってくれて、よかった」
その言葉は、
凪の胸の奥に、静かに落ちた。
——未来の話じゃない。
——恋人の話でもない。
今この瞬間の苦しさを、
ちゃんと見てくれた言葉。
凪は思う。
(ああ……)
人は、
こういう瞬間に、
誰かを信じてしまうんだ。
机を挟んだ距離は、
さっきと同じ。
少し近くて、
触れなくて。
でも、
心の距離だけが、
確かに変わっていた。