Kindle電子書籍「覚醒への旅: road to enlightenment」の表紙デザインをさせていただきました。
書籍説明【amazonより引用】
悟りと聞いて何を思い浮かべるだろうか?
多くは座禅の僧の逸話などだろう。
その多くは謎掛けのような問答を繰り広げ、現代の私達には縁遠く思える。
あるいは菩提樹の下で悟りを開かれたお釈迦様。
精神世界に一歩足を踏み入れた人達はどうだろうか?
悟りや覚醒と聞くと・・・
・宇宙と一体化した意識
・輪廻からの解脱
・人間としての意識の完成
などを思い浮かべるかも知れない。
また、悟りや覚醒という言葉は時代や国や使う人によって定義が様々である。
例えば原始仏経では阿羅漢にならければ本当の悟りとは言えないだろう。
座禅においては鐘の音を聞いて見性(けんしょう・悟り)とする場合もあるし、ある種の考案が解ければ良いという場合もある。
また、ヨガやチベット密教のある流派では、この肉体を非物質化して光の存在にならないと本当の悟りでは無いというような教えもある。
その一方で「あなたは既に悟っている」というノンデュアリティ(ネオ・アドヴァイタ)的な教えも多い。
一体どれが本当なのだろうか?
理屈だけでなく、体感として本当にそのような世界があるのだろうか?
そもそも、私達はどこから来て、どこへ行くのだろうか?
この一見、無慈悲に見える世界に何か意味があるのだろうか?
私達が必死になって生きているこの有限な人生に何か意味はあるのだろうか?
そもそも、神と言われている存在は本当にいるのだろうか?
一般的な社会、特に日本ではこのような疑問に答えてくれないし、真剣に考えるのさえタブーとされるかのような風潮がある。
しかし、私にとっては疑問だった。
これが今、私達が住んでいる世界が楽園的なものならばそれほど意味など気にし無いだろうし、必要ないかも知れない。
しかし現代では信じられないような数々の問題が起きている。
私達の存在の意味を知らずに生きて行くのは、まるで気が付くと車でどこか知らない道を走っているかのような状態。
なぜ走っているかも知らず、行き先も知らず、周囲の車も走っているから合わせてただ走っているような状態。
10代の頃、このように考えていて、やがて「悟り・覚醒」という一種の答えがあるらしいという事に気付いた。
瞑想を始め、悟った言われる方々や聖者に会い、その過程で得たものとは?
この本ではそんな、どこにでもいる未熟で「変わっているね」と周囲の大人達から言われ続けた人間が得た一つの答えをシェアしていく。
この本を読んで、何か少しでも発見や安らぎが読んでいるあなたにシェア出来れば幸いである。
(「はじめ」により引用)
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詳しくは本の末尾にて。
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