一時停止だったり矛盾だったり、整理の気が入り混じってくる今月ですので、うちも例外なく激しい環境整理に入っていて、何やかやと気忙しい毎日です。
振動が非常に大きいため、自分のバイブレーションから外れた波長がはずれやすくなっていて、まるでお風呂に入った後の猫がブルブルっと振るうことによって、自分の余分な水分を飛ばすのと似たようなことが、起きています。
自分には余分なものが何か、一瞬垣間見えたり、自動的に今、離れていこうとしているんですね。そのサインに気がつけるか、どうかだけの話で。
そして離れていこうとするものがあれば、それはこれまでの自分が自分の中のストーリーを信憑星を持って作り上げるために、自らくっつけていた世界だったんですよ。
振り返ってみてください。きっと、そういう舞台設定がないと味わえないネガティブな体験がそこにあったはずです。
でも、その舞台は、もはや新しいあなたには必要のない設定なのです。
だから、そこにしがみつく必要はなく、次の新しい舞台を自分で選んで進めばいい。今は、そんな段階にいる人が多いはずです。
そして悟りに至りつつある人は、もう気づいているんです。
全ての人間が、この地球ストーリーの舞台の構成員であり、それぞれが配役を与えられて演じている俳優たちなんだということに。
そして、自分に与えられた役柄(宿命)を、最後まで楽しんで演じ切れるか、だけが問われてるんですね。
高次元存在たちから見る私たちというのは、実はそういう存在です。
そしてアドリブが許されているその舞台を、幸せにしていきたいのか、それとも大激動の波瀾万丈ストーリーにするのか、悲哀の多いものにするのか、皮肉のあるブラックエンドにするのか、脚本に何を書き込んでいくかは、すべての人に自由が委ねられているんです。
今年、実学算命学は、癸卯の年は、発芽する種と同じ、と新春のSNSで書きました。可能性を秘めた命が、水を与えられて、目覚め始める。そして今年は、一番繊細な時期だということ。
2012年は、壬辰年でしたね。ちょっと思いを巡らしてみて欲しいんです。
実は、壬辰と癸卯は、非常に似ている作用をもたらします。
壬辰は、女へんをつければ、妊娠という言葉になるように、辰は胎児の姿を表します。
何かを生み出す直前の状態。
そして、今年、癸卯も雨水に浸った芽が発芽を待つ状態ですので、それと似たような意味があるんです。
しかし、二つには明確に違いがあります。
辰は、十二支の中で唯一、想像上の動物とされています。
龍は、多次元世界に生きる生き物なんですよね。
水庫の中にいる龍が、目覚める年が2012年。
つまり、多次元世界が変化を起こし、目覚めの動きを始めていくのが2012年です。そして、今年の地支の卯は、木性に属す気ですので、この世の生き物を指します。
植物でいえば、種が発芽しようとする一番繊細な時。
この世はあの世のうつし鏡です。
つまり、今年は、2012年で始まった見えない世界の動きが、ようやく2023年の物質界に表出し始める、その始まりの年なのです。
卯は表世界の始まり。水面から出るのが来年。
したがって、今年も残り4ヶ月ですが、この「発芽に向けた」時期であるこの一年を、あなたなりに大切にできたでしょうか。
地上の生き物は、何やかやと、産みの苦しみ、葛藤があったはずです。
その後、来年は、甲辰の気が回ります。癸と甲の間は、常に節目です。
ですから、来年甲が来れば、世界は新しいサイクルに突入します。
そして辰ですから物質界の生き物(甲)が、目覚めた多次元世界(辰)の後押しを受けて、いきなり動き出す。.....というそういう年が待ち構えています。
新しい地球が物質界に出現する、といってもいいかもしれません。
今年が、懐かしくなるような、そんな新しい気のサイクルが始まるんですよ。
多次元世界は2012年から色々と大変でしたけど、時差があって収拾がつき、2024年、来年からそこで成立したものが物質世界に現れ始めるわけですので、私たちもそれに合わせて、シフトすることになります。
あと、4ヶ月、もっというと実感がくるのは、あと6ヶ月後でしょうね。
その時に、自分がどうなっていたいのか、が大事。だから、それを明確にさせられることが今起こっているわけなんですね。
9月は立ち止まりの気が働くので、過去に執着せず、後ろ髪引かれずに、前向けるか、そんなこともテーマです。
そして、10月には今月の努力のおかげで、地固まるんですよ。
状況が自分にフィットするな、と思ったら、そういうこともあるのかもね、と受け入れてみてください。
自分本来の波動に純化していくと、不必要なものと必要なものが分かれていきます。でも失っても、また次が現れるんです。
そして次に現れるのは、自分にとってもっといいもの、何ですよ。
より自分本来の波動に近いものだからです。
でもそれが入ってくるには、場所を空けなければいけません。
だから、それを捨てる、手放していく必要があるんですよね。
個人的には、この一年、自分にとって始まりから今に至るまで一番きつかったのが、実は健康問題でした。インフルエンザになってから、どうしても体調が元に戻らない、体力に自信がなく、時々起こるめまいに、不安を覚えて、これまでならやっていたことをやめたり、躊躇する日もありました。
原因がよくわからないことほど、人を不安定にさせます。
そんなものに揺られながら、健康改善にむけて、あらゆる手を尽くした感じでした。でも優秀なホメオパスの検査のおかげで、体内にインフルエンザのウィルスが残っていること、そして自分の信頼置いている西の治療者である、特殊技能者の一人が、それがただのインフルエンザではなく、新型コロナだったということを突き止めてくれたおかげで、道が開けたんですよね。
ホメオパスの検査機には、新型コロナウィルスの情報が入っていないため、最もにた症状を出すというところで、情報の近いインフルエンザ、という形で検査結果が出たため、最初は、ホメオパシーだけで何とかなると思ってました。
そして病院の検査でも、新型コロナ陽性にはならずインフルの方が反応したので自分もインフルだと思っていた....
でも、心臓を鷲掴みにするような痛みが襲うことも含めて、夜眠れない、呼吸器全般が苦しいという症状なども考えると、新型コロナウイルスの一部が潜伏していたというふうに考える方が、どうやら辻褄があいました。
私は医療者ではないので、化学的にどうということは言えません。
でも、疑わしい要素がそろっているならば、リスクを測りながら建設的な行動をとっていく、という手法で物事を解決していきますので、はい。
イベルメクチンをインドから個人輸入で取り寄せました。
そして、自己責任で飲みました。
変化はそりゃもう、劇的でした。
自分の個人的な感想ですが、飲んだ後、脳内を中心として、苦しい反応があり、冷や汗が出て、そのまま寝入ってしまいました。
自己判断なので、当初はちょっとドキドキしましたけどね。
でも、朝起きた時の爽快感はもう、いつから眠れてなかったんだろう、と思うくらい、深く眠ることができて、めちゃめちゃ嬉しかったですね。
手足の関節や筋肉の痛みもずっと治らなかったんですけど、それも治ってきているのが実感されて、ああ、こんなに効くんだ、と思いました。
希望がまた戻ってきました。
イベルメクチンは、一般的な医療情報では新型コロナ薬としては根拠がない偽薬になるのかもしれませんが、ですからおすすめはできませんが、自分にとっては、プラシーボでも何でもいいので、治ってくれればいいのです。
そういう意味では、自分にとって必要で大きな効果を感じた薬でした。
治療院でまたスキャンしてもらったら、まだ脳幹に残ってる、ということで、左腕がうまく動きにくい理由もそこと関わってたので、自己判断で、結局その後もあと二回服用しました。
今は、わ〜病気にかかる前の体調にようやく近づいた〜!
という感動があります。
自分は特殊体質なのでワクチンは打てませんし、打たないですが、ワクチン被害だけでなく、治ったと思ってもしつこい新型コロナウィルスのめんどくささを痛感した次第です。
一番大きいのは、左目が自分の意志で動かせるようになったことです。
それまでは、左目が勝手に動き、視野がぶれるとか、夜中に軽い眩暈を起こすといったことが続いていました。ですからパソコンのモニター画面を見るのが辛かったんです。検査したところで、もちろん普通の医療機関では原因がわからないし、対処方法もないと思います。
軽快して本当に良かった。
今、再びインフルエンザが流行り始めていると言います。
でも、それが本当に純粋なインフルエンザであるかどうかはわかりません。
そして、京都大学の宮澤先生は、これが人工ウィルスであることをエビデンスとともに突き止め、海外でもこの論文の話題が流されたりしています。
だとしたら、次に感染爆発を起こすウィルスとは、何なんでしょうか。
そして、何の目的で?
宮澤先生は、主星が貫索星の人です。
守りの星です。
しかしこの守りは、石門星のように誰か特定の人、ではありません。
貫索星が成熟していった時は、元々有形無形問わず、全体の利益を損なうことを避けようとするために動く本能ですから、あらゆる分野のあらゆる対象全般を守ろうとして働きます。
日本を、世界のみんなの命を、僕は職業上の立場を駆使して守りたい。
先生が、その信念だけで動いているのは確かです。
精神成熟度の高い貫索星は、自分のポリシーにしたがって生きようとします。
どんなに圧力をかけようが、同調を求められようが、納得のいかないことに関しては、頑なに自分の方針を曲げません。
自分の体験が、自分にとっては一つのエビデンスでしたから、
日本のアカデミックな世界の心ある人たちが、立ち上がっている。
リスクを負いながらも伝えようとしている、その思いを、一人でも多くの国民が受け取ってくれるといいのになぁ、と思った次第です。