自分が忌神だったらどうするよ

自分が忌神だったらどうするよ

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昨日、上野の宝石展に家族でいきました。鉱物に興味を持った上の娘の社会科見学の一環でパートナーが用意したイベント。
しっかし、混んでいて、ゆっくり見られないの!
いや〜宝石って魔物ですよね。
魅入られちゃって、誰もが展示ケースから動かない。
だから人が流れない。列が進まないのでなかなか見ることができない。
 宝石よりも、この展示方法の問題点のほうが気になって、自分はイライラして疲れてしまい、車騎星のパートナーもそもそも身動きが取れない状態自体に非常にストレスを感じるので、なんだかなぁ、といった休日になりました。


宝石といえば、辛ですね。
魂の質が辛の方。
そんなわけで、今日は実学算命学で、辛の人にまつわるなにかを書こうと思います。

 実学算命学で、日干・辛を生かすには、どうしたらいいかを考えるとき、まずは宝石はいかにあるべきか、というのを考えます。
その宝石を宿命から品定めするのです。
宿命から原石の価値を見る。

 宝石の質を持つ人は、「わたしは特別感のある人でいたい」という本能があります。なんでもいいので、人と一点違ったなにかをもって光っていたい。辛の人には、少し自意識過剰気味な繊細なプライドがあるのです。
そして、密かに周りの人にそんな私に憧れてほしい、と思っています。
ですから、この人の才能を伸ばすには、なかなか繊細な条件が必要です。
自分の価値を認めてくれる環境が必要です。

宝石は地層の中から出てきます。綺麗な宝石は、どこからでてくるかってのは、いろんな条件がありますが、割とマグマが溶けて固まった層から出てきやすいです。なかにはアンモライトという化石を加工したりだとか、真珠やサンゴのようにもともとは海の生物だったものを宝石に加工するということもあります。色々ある。だから宿命から、どんな宝石だろうってイメージするんです。

特に天将星を持つ辛の方は、最強の宝石。
そう、ダイヤモンドです。
ダイヤモンドは地球上で一番硬いんだってねぇ〜。隕石からもダイヤモンドが出てくるらしいよ。石炭になるか、ダイヤモンドになるか。それは宿命できまる。石炭なら、石炭として人の役に立てばいい。捨てるべきものは何もない。
 ダイヤモンドカッターっていうのは、ダイヤモンドの粉末が円盤カッターについていて、それでものを切る。宝飾品だけが用途じゃない。色々イマジネーションを広げていく。
そして宝石には、どのくらいの引っかき傷に耐えられるかという硬度みたいなのがあります。柔らかい宝石にきっつい爪痕がついたらもう終わります。だから宿命を見て、この辛がどのくらいの力なのかを測ります。

そうそう昔、なんだったか忘れたけどショックな出来事があって、深く傷ついて気持ちが萎えていた私を車で迎えにきてくれた父が唐突にこんなことを言ったのを覚えています。

Daddy「なぁ、お前、宝石はなんで光るか知ってるか?」
Jemmy「........。(そんな気分ではない。)」
Daddy「宝石は、綺麗に見えるだろ、でもさ、実は摩擦でできた細かくて顕微鏡で見ないとわからないくらい、小さな無数の傷がついていて、その一つ一つの傷に光が反射してるから、あんなにキラキラしてるんだ。」
「だから、人生はいい傷をつけなきゃな。いつか、キラキラ光れるようにな。」

むちゃくちゃキザやろ...アンタ....(唖然)
って今なら思うけど、思春期ですからねぇ、そのときは素直に感動したよ。w

だからねぇ、辛は傷ついちゃいけないって算命学では言われてるけど、実学算命学はそうは考えない。傷ついてもいいんだ。
でも、「いい傷」をつけようよ。
いいカット技術で、いい研磨しようね。って考える。w

だから、傷をつけてくる忌神だって、逃げる相手じゃない。
宿命にあるからには、とても大事な相手なんだよね。
とくにダイヤモンドである場合は、傷つける相手がいるくらいの方がバランスがいい。それでも結局、価値を失うほどは傷つかないから!w

辛の嫌がる相手は、埋金になる土性。そして大体は丁火と庚金だな。
土性は居心地が良すぎて、宝石は埋まっちゃって世間には出てこれない。
余計な汚れをすすいで、キラキラ光らせてくれる水性がありがたい。
その時ざるに入れてすすぐから、木性もありがたい。
採掘現場では、泥にまみれた原石をざるに入れて水ですすいで取り出すんだ。

 オシャレさんの辛の人ってやっぱり端正な方多く、綺麗だなぁと思うけども、実際、気を使う。仲良くやるのはなかなか難しい。
辛の人は付き合う人を選ばないとならないから選んでくる。
できれば、辛は自分を引き立ててくれるような人間(壬水・癸水)と付き合った方がいい。
あの有名なカップル、白洲次郎と白洲正子は、辛金と壬水のカップルだった。
正子を取り巻く薩摩ステイタスが、白洲次郎を引き立てたということになる。
白洲次郎は宿命中にも水が多くあり、かなり恵まれたお坊ちゃんだった。

そして、低次意識の人間を避ける方がいい。
低次意識の中にいる辛は、もはや宝石ではなく、刃物になる。
冷たく尖って近寄ると痛い。美しい不良のイメージ?

じゃあ、自分が辛じゃなくて、自分が辛の忌神だったらどうする?!
..ってなるじゃん。奥さん辛なのに、とか子供が辛なのに、ってね。
それはね、自分は無条件で好きだなぁ〜と思ってるのに、相手にはなんか苦手なのよねぇ..って思われてるかもしれない可能性を疑えってことだよ。w(←ひそひそ声で教えるよ。)ああ、なんたる片思い〜ってか。


一般的な算命学では、辛にとって丁火は、火が宝石を焼くと割れるからダメになる、っていう説明がされるけど、ん〜ちょっとわかりづらいよね。
なんとなく違和感というか。
 丁火ってのは、人工の火なんだよね。つまり、宝石をライトアップするライトな訳。今ならLEDライト?
 照明ってのはそれだけで職業になってしまうくらい奥が深い世界だよ。

うまい具合にライトアップすればいいんだけど、ライトの当て方を間違うと、宝石の魅力はまるで変わる。光の当て方次第で汚くもなる。台無しにもなる。
 だから、丁のひとは、辛のひとの価値や本質を照らしすぎて、みんなの前でそれを暴いてはいけない。やんわりソフトに遠巻きにっていう態度が、適度な距離といえよう。

普通の人だったら気にしない何気ない本質的なツッコミが、この人には、立ち上がれないような、いたたまれない傷になったりするからね....だから辛の人に、「丁火の人には近くのは怖いわ」って思われてるかもしれない。

そして辛が恐れるもう一人、庚の人。
宝石っていうのは、屈折率とか反射を計算してカットするわけよ。
でも庚の人は、辛に磨きをかけるつもりならば、そこを計算して、精密に、正確にカットする技術がいる。
辛の部下や子供がいたりするとさ、伸ばしたいなら、気を使う方がいいね。

荒削りの刀は、宝石をボロボロにしてしまう。
 だから、辛の人をスパンと切ろうとするときは、よほど慎重にやらなくちゃいけない。だから、切らなきゃいけない場合には、自分自身が丁火でしっかり磨かれた上等の硬い刀になっているかどうか、というのが問われるよ?
いい研磨で計算し尽くされたカットがされるなら、辛の人は感謝してくれるだろう。
 例えば、丁火で焼かれた庚を陽占に直すと牽牛星が出てくる。
牽牛星は、規範に真面目。だから公正なやり方に従って、マニュアル通りにカットを入れてくれるなら、宝石にとっては、まだありがたいってことなんだろうね。w

実学算命学でプロファイリングしていると、忌神、守護神、それだけで、本当に人間の好き嫌いが簡単にわかれていることに気がつく。
 普段自分が生きていても、自分では友達と思ってて、別に相手に悪いことは何もしてないし、と思っていても、向こうからは勝手に嫌われていることがあるよね。
 そこで、ひとはなにがいけなかったんだろうって思い悩む。

でも実態は、相手がどんなであっても嫌いな人は嫌いだし、好きな人は好き。そこに理由はない。
そんなもんなんだよ。
それくらい人間って実は単純なんだよ。
好き嫌いっていうのは、本当に理由のないものなんだ。
理由がないけれども、理由をつけないと自分が悪人みたいだから、頭の良さそうな理由をとりあえず探しているだけ。
「〜〜だから、あの人嫌い。」って。

宿命の相性を見ると、そういうのがしっかり出ていて、「いや、違うよ、あなたにとって、エネルギーを共振させられない質のひとだからだよ」って思う。
理由はないの。ただ、カラーが合わない。それだけだったりする。
なのに嫌われた方は、努力しても好きになってはもらえないのに、何か現状が変わるんじゃないかって、つい努力してしまう。

相手に好かれるために、自分と違う人間になろうとしてしまう。
意味ない、意味ない。

好き嫌いの正体は、全てエネルギーの違いなだけ、なんだけどね。
そこに理由がない。
「好き」だって、理由はない。お互いが生きやすくなるという相手なだけ。
たまたま両思いになることはある。お互いのエネルギーを引き出しあえて、ありのままの自分で調和する相手。
そういうのが、相性の良さ。実学算命学で結婚相手をみるとき、みてるのはそこ。ありのままでいて、お互いが発展できる相手なら、好きか嫌いかはもう関係ないというか。好き嫌いっていうのは結婚の長さで、いろんな風に変わってくるもんだとも思う。そうなると、力を発揮するのは、この相性なんだと思う。

インドの聖者は言っていた。
「あなた方は、愛を語る時、そこに絶対に感情的な好き嫌いが入ってる。
でも私は、そういうものを超えた部分で人を愛している。愛とは、好きになったり嫌いになったりはしないもの。悟るなら、そういうレベルの愛を目指してください。」

実学算命学で言えば、相手が守護神だろうが忌神だろうが、同じように付き合える人間が愛のある人間ということになるだろう。
でも、それは普通に生きている分には無理だと思う。w
だって好き嫌い、いやいやすきすきやってることが楽しいんだからさ。
それをやりに、地球に来たんだからね。
そういうやり取りに飽きちゃった人だけ、好きも嫌いもなく人を愛せばいいんだから。

だから嫌われても、気にすることはないんだよ。
結局のところ、自分が生きやすいペースを守って生きればいいんだよね。
人の顔色伺うことなく。
そうすれば、自分が本当は、ペリドットだったのに、ダイヤモンドになろうとしてたって気がつく。ペリドットを磨いていけばいいだけだったのに、変なカットを入れちゃったなぁ〜とか。

好き嫌い、っていうのは、波動の世界を眺めれば、それは単に波長の違いの選択の差でしかない。カラーの違いでしかない。

磨くということは、自分という宝石を自分がみつけて、自分の宝石が一番光る生き方をしようとすること。
自分以外の他の誰かになることではない。

辛の人に必要なことは、それ。
自分のなりたい人は、自分。
そう思えるように、いい傷をたくさんつけてね。

今晩も親父譲りのキザな言葉を吐いてしまいました。
実学算命学プロファイラーJemmyでした。w




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