僕はいつでもギリギリだった

僕はいつでもギリギリだった

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コラム
18歳の時、専門学校への入学をきっかけに東京へ上京し念願の一人暮らしを始めた。

東武東上線の準急と各駅しか止まらない最寄り駅
住んでいる間に駅前が開発され銀だこや本屋ができたのが嬉しかったのを覚えている。

当時の僕は何もない田舎から解放された気持ちでひたすら無茶をやっていた。

誰でも受かると聞いていたコンビニのバイトには全て落ち、
自分が住んでいるマンションの2階にあるキャバクラでボーイとして2年間働くのが人生初バイトだった。

バイトで貯めた金額の殆どは当時109-2のブランドの服か、楽器の機材に消えていた。モテることに全てを捧げていた十代後半だった。
とても恥ずかしい。

恥ずかしながら浪費癖は全然治らず、マンションの電気代を止められることも多くあった。
そんな時、同じ専門学校に通う友人が同じマンションの上の階に住んでおり電気ケーブルを上の階からベランダに垂らしてもらい携帯の充電をするという奇行に走ったこともある。
あまりにお金がなかった時期は食料が買えず実家から送られてきた物は底をつき残った、ふりかけと水道数で数日を過ごすということも経験した。

今は色々と落ち着いているが若さというのは恐ろしく、
我ながら逞しかったなと今しみじみ感じている。

人があまり経験しないであろう出来事は、
やはりその後の人生に大きく影響するんだと感じている。

電気が多い生活に今は慣れてしまっているが、
あの日、貧乏生活をしながら月明かりの下で読んでいたタブ譜は鮮明に記憶に残っている。






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