【結論】人生は壮大な暇潰し

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コラム



「何のために生きてるんだろう?」

「何か成し遂げないといけないんじゃないか?」

“余裕があるからこそ浮かぶ問い”だと思う。



健康にリソースを裂けるくらい食料に恵まれ

雨風を凌げる空間と空調設備が確保され

着るものでオシャレを楽しめる。



十分すぎるはずなのに

さらに上にある(と幻想を抱いている)

贅沢を渇望してしまうから

常に不満足な状態で生活することになる。







いつだって隣の芝は青いし

幸せに際限はないから

感性や思考を操る技術を磨けるかどうかで

充実度は変わってくると思う。



「結婚すれば幸せになれる」

「もっとお金があれば贅沢できる」

「もっと時間があれば楽しめる」

こんな風に断言してしまうなんて

お門違いも甚だしい。



結婚したらしたで

「こんなはずじゃなかった」

と言い



望んでいた大金を手に入れたら入れたで

「人生はお金が全てじゃない」

と言い出し



ゆとりある時間を持ったら持ったで

「がむしゃらに働いていた時代は楽しかった」

と言う人は割とよく存在する。



確かにやってみないと気付けないことは多いけど

いい加減目を覚まさないと

一生答えのない答えを追い求め続けることになる。



ないものに目を向けるんじゃなくて

あるものに目を向けることが大切な気がする。







本とかリアルな経験談

いわゆる“他人の人生から学ぶ姿勢”があれば

自分の人生を豊かにできると思う。



そうやって学び始めると

人間の悩みなんて

大昔から変わっていないことに気付く。

悩みに限らず本質はループしている。



一種の解決策のようなものが用意されてるし

先人の知恵をありがたく享受すればいいと思う。







哲学者パスカルは

上で述べた状態から脱するためには

「熱中できることが必要だ」

という答えを残している。

“自分を騙す技術”があるかどうかだ。



人間は退屈に耐えられないから気晴らしを求める。

食うに困っていた時代は別として

これから狩りへ出かけようとする人間に

狙いの獲物を手渡しても嫌な顔をされるだけ。



成果物をなんの努力もなしに手に入れたところで

気晴らしにはならないからだ。

“熱中できること”を奪ってしまうことになる。

これは賭け事や名誉ある職業なんかにも共通する。







こうして紐解いていたら

“人生は壮大な暇潰し”

という結論に辿り着いた。



冒頭の問いに答えるならば

「生きることに意味はない」

「何かを成し遂げる必要もない」

こうなる。



そんなことより

感性や思考を操る技術を磨きながら

熱中できることを見つけて



無駄を味わってみたり

ちょっと苦しい思いもしたりして

上質な暇潰しができた時にようやく

「充実度高く自分の人生を生きている」

と言えるようになると思う。



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