「また今度、ご飯でも行こうね!」
その言葉を真に受けて、「いつ連絡が来るのかな」「何曜日がいいかな」なんて、スケジュール帳をチラチラ見ながらワクワクして待っていたのに……。
数日経ち、数週間が過ぎ、結局相手からの連絡は一切なし。
「あぁ、あれってただの社交辞令だったんだな……」と後から気づいて、なんだか急に悲しくなったり、一人で勝手に期待して浮かれていた自分が恥ずかしくなったりして、胸がキュッと痛むことってありませんか?
実は、こうやって社交辞令を真に受けてしまって一人でショックを受けることって、決して珍しいことではありません。
心理カウンセラーとして多くの人と接していると、同じように「相手の言葉を素直に受け止めすぎて傷ついてしまった」というご相談を本当にたくさんいただきます。
でもね、最初にこれだけははっきりとお伝えさせてください。
相手の「また行こうね」を信じて連絡を待っていたあなたは、決して愚かでも、おめでたい人でもありません。
あなたはただ、人の言葉をまっすぐに信じることができる、とてもピュアで優しい心を持っているだけなんです。
相手が言った言葉をそのまま受け取って、楽しみに待つことができるというのは、人間の信頼関係において本来とても素晴らしいことです。
だから、「なんで社交辞令だって見抜けなかったんだろう」「こんなことで期待してバカみたい」なんて、自分を責める必要は一切ありませんよ。
そもそも、社交辞令を言う側の心理って、決してあなたを傷つけようとしているわけではないことがほとんどです。
その場の雰囲気を良くしたかったり、あなたに対して嫌悪感がないことを示したかったり、「あなたと過ごした時間が楽しかったよ」という感謝の気持ちを伝えるための挨拶代わりにその言葉を使っているんですよね。
悪気がないからこそ、言った本人はその場の会話のグラデーションとして流してしまい、具体的に日程を詰める行動にまで至らないことが多いんです。
でも、受け取った側からすると、言葉通りに期待してしまうのは当然のことですよね。
期待していた分、連絡が来なかった時の落胆や、「自分は後回しにされたのかな」「本当はあまり好かれていないのかな」という拒絶されたような寂しさは、とても辛いものです。
もしまた同じような場面に出会ったら、「またご飯行こうね」と言われた瞬間に、ほんの少しだけ心の向きを変えてみるのがおすすめです。
相手からその言葉が出てきたら、「相手は今、私との時間を楽しんでくれたんだな」「好意的に接してくれようとしているんだな」という『その場のお礼の気持ち』として受け取ってみてください。
未来の約束として受け取るのではなく、過去のその時間に対する「楽しかったよ」というサインとして受け取ってみるんです。
そして、もしあなたが本当にその人とご飯に行きたいと思ったなら、相手からの連絡を待つのではなく、自分から「先日はありがとうございました!◯曜日あたりどうですか?」と軽やかに誘ってみるのも素敵な方法ですよ。
もしそれで濁されたり具体的な返信がなかったりしたら、「あ、今回はタイミングじゃなかったんだな」とスッと引けば大丈夫です。
相手の反応に自分の心の価値を委ねてしまうと、連絡が来ない間ずっと心が揺さぶられて疲れちゃいますよね。
大切なのは、相手の言葉に振り回されすぎず、あなた自身の時間を楽しく穏やかに過ごすことです。
社交辞令に傷ついてしまうあなたは、それだけ相手との繋がりを大切にしようとする、あたたかい温度を持った人です。
その優しさを「自分は傷つきやすいんだ」とマイナスに捉えるのではなく、「人を疑わずに信じられる素直な自分で良かった」と、どうか褒めてあげてくださいね。
あなたのその優しさと素直さは、間違いなく素敵な魅力なんですから。