姓名判断のすごさを知ったのは8年前。
とある姓名鑑定士を知り合いから紹介されたので、半信半疑で自分含めて家族・友人30人の名前をカフェで見てもらいました。
「名前だけでなぜそこまでわかるんだ!」というくらい当たる当たる。
名前がその人の性質や運勢に与える影響の大きさに気付いたのはその時からです。
自分がなぜ悩みやすく繊細な体質なのかもそこで理解ができました。
巷の姓名判断の”落とし穴(危険性)”を教えてもらったのもその時。
そこから、”姓名が持つ力”に興味を持ち、最初は趣味程度だったものの、姓名判断を自分なりに探究し始めました。
そして、自分なりにさまざまな人の姓名を鑑定し、知見を蓄積してきて、「この方法が最も信頼に値する鑑定方法だ」と確信を持つに至ります。
「姓名判断?うさんくさいな」
「運勢なんかよりも努力が大切」
当時の自分もそう思ってました。
でも「姓名の持つ力」を確信してしまった自分にとっては、もはやそれはナンセンスな考えです。
もちろん、努力はめちゃくちゃ大切なことは間違いありません。
だけど、人間には運や運勢というものがあることは否定しようがありません。
「努力してるけどなかなか突き抜けられない」「悩みから抜けられない」という人もいるし、ポジティブに言えば「努力と運が合わされば最強」なんです。
ちなみに、かつて江戸〜明治時代は、人生の節目節目に名前を変える文化がありました。
たとえば、1万円札の肖像にもなってる生涯500以上の会社を起こした渋沢栄一は、生涯に6回も名前を変えてますし、
徳川家康も「竹千代」→「元康」→「家康」と何度も変えています。
当時は、キャリアや立場に応じて名前を変えることで、
・「自分の立場・使命」をリセットして明確にする
・「自己ブランド」「アイデンティティ」を再構築する。
という意味がありました。
戸籍が整った現代では改名はしづらくなったけど、今の日本でも当時のように「通名」「改名」をもっと許容する文化があって良い、と個人的に思ってます。
特に「名前」は親から与えられるものなので、自分がコントロールできないものです。
親がどれだけ子供のためを思って命名したとしても、正しい姓名・命名の知識から外れてしまっていたら、人生で要らぬ苦労、病気、悪運などに見舞われます。
姓名判断に限らず、現代においては人生にとって本当に大切な正しい知識が学校で教えてもらえません。それは、食しかり、心理学しかりです。
無知がゆえに、要らぬ不幸や悲しみが生まれれています
自分はそういう現状を変えたくて、今の活動をしています。
親や家庭に正しい知識が実装されて、それが社会の「常識」になれば、日本も変えられるはず。
社会や学校では教わらない本当の知恵を普及させることが自分の使命、と思ってます。
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