「取引先から仕事を依頼されたけれど、契約書はまだ作成していない」
「長年の付き合いがある相手なので、契約書は必要ないと思っている」
「メールで条件を確認しているから、わざわざ契約書を作成する必要はないのでは?」
このように考えている個人事業主・フリーランス・中小企業の担当者も多いのではないでしょうか。
実際、ビジネスの現場では、契約書を作成しないまま取引が始まることもあります。
しかし、契約書がない状態で取引を進めると、後になって業務内容や報酬、責任の範囲などについて認識の違いが生じる可能性があります。
一方で、すべての契約について、法律上、契約書の作成が義務付けられているわけではありません。
では、どのような場合に契約書が必要なのでしょうか。
今回は、契約書作成に強い行政書士の立場から、契約書がなくても契約が成立するのか、契約書がない場合のリスク、法律上契約書が必要なケース・不要なケースについて解説します。
1.契約書がなくても契約は成立する?
① 契約は原則として当事者の合意によって成立する
まず知っておきたいのは、契約書を作成しなくても、契約は成立する場合があるということです。
民法第522条では、契約の成立について定めています。
同条第1項では、契約は、契約内容を示してその締結を申し入れる意思表示に対し、相手方が承諾することによって成立するとされています。
また、同条第2項では、法令に特別の定めがある場合を除き、契約の成立には書面の作成その他の方式を必要としないとされています。
つまり、原則として、契約書に署名・押印しなければ契約が成立しないというわけではありません。
例えば、Webサイトの制作について、
発注者:「ホームページの制作を30万円でお願いできますか?」
受注者:「承知しました。その条件でお引き受けします」
というやり取りがあり、契約内容について合意が成立していれば、契約書を作成していなくても契約が成立する可能性があります。
ただし、具体的な契約の成立時期や内容は、当事者のやり取りや合意状況によって判断されます。
② 口頭やメールでも契約は成立する?
契約の成立に特別な方式が必要とされない場合、口頭やメールなどによる合意でも契約が成立することがあります。
例えば、
電話で業務を依頼し、相手方が承諾した
メールで見積条件を提示し、相手方が承諾した
チャットで業務内容と報酬を確認し、双方が合意した
といったケースです。
ただし、契約が成立することと、契約条件が十分に明確になっていることは別の問題です。
メールで「見積書の内容でお願いします」と合意していても、見積書に記載されていない事項については、後から争いになる可能性があります。
例えば、業務の追加、契約の中途解約、損害賠償責任などです。
契約書がなくても契約が成立するからといって、契約書が不要ということにはなりません。
2.契約書を作成しないまま取引を始めるとどうなる?
契約書を作成せずに取引を開始した場合、どのような問題が生じるのでしょうか。
代表的なケースを紹介します。
① 業務範囲について認識が食い違う
例えば、Webサイト制作を依頼したケースです。
発注者は、スマートフォン対応や問い合わせフォームの設置も含まれていると考えていました。
一方、受注者は、基本的なページ制作だけを引き受けたつもりでした。
この場合、契約書などで業務範囲を明確にしていなければ、追加費用の負担についてトラブルになる可能性があります。
契約書では、業務内容だけでなく、必要に応じて対象外の業務も明確にしておくことが重要です。
② 報酬の支払時期でトラブルになる
報酬額について合意していても、支払時期まで明確になっているとは限りません。
例えば、
発注者:「成果物を確認してから支払いたい」
受注者:「納品後すぐに支払ってもらえると思っていた」
という認識の違いが生じる場合があります。
また、業務委託の内容や当事者の属性などによっては、フリーランス法や中小受託取引適正化法(取適法)などによる支払期日の規制が適用される場合もあります。
契約書では、報酬額だけでなく、支払期日、支払方法、請求手続などを明確にすることが重要です。
③ 追加業務の費用を請求できるか争いになる
業務委託では、契約当初に予定していなかった作業が発生することがあります。
例えば、システム開発で、発注者から新しい機能の追加を求められた場合です。
受注者は追加費用が発生すると考えていても、発注者は当初の報酬に含まれていると考えているかもしれません。
追加業務の取扱いが不明確な場合、報酬や納期を巡るトラブルにつながります。
そのため、契約書には、仕様変更や追加業務が発生した場合の協議・承認手続を定めておくことが考えられます。
④ 損害賠償責任の範囲が不明確になる
業務上のミスによって損害が発生した場合、どこまで賠償責任を負うのかが問題になることがあります。
例えば、委託料が50万円の業務で、発注者から数百万円の損害賠償を請求された場合です。
契約書がなければ損害賠償責任が無制限に認められるというわけではありません。
実際の賠償責任は、契約内容や民法などに基づいて判断されます。
しかし、契約書によって責任の範囲や上限などをあらかじめ定めておけば、一定の予測可能性を確保することができます。
⑤ 契約の終了条件を巡って争いになる
継続的な業務委託契約では、契約をいつ、どのような条件で終了できるのかが重要です。
例えば、発注者が突然契約を終了した場合、受注者がすでに確保していた人員や外注先の費用をどう扱うのかが問題になることがあります。
また、契約の法的性質や具体的な事情によっては、民法上の解除・解約に関する規定などが適用されます。
そのため、契約書では、中途解約の条件、予告期間、終了時の報酬・費用の精算などを整理しておくことが重要です。
3.法律上、契約書が必要なケースとは?
ここで注意したいのは、法律上の書面作成義務と、実務上の契約書作成の必要性は異なるということです。
一般的な売買契約や業務委託契約では、契約書を作成しなくても契約が成立する場合があります。
一方、法律によって、書面の作成・交付や電磁的方法による明示などが求められる取引もあります。
① 保証契約
民法第446条第2項では、保証契約は書面でしなければ、その効力を生じないとされています。
また、同条第3項では、電磁的記録によって保証契約がされた場合についても規定されています。
そのため、保証契約については、一般的な口頭契約と同じように考えることはできません。
さらに、一定の事業用融資に関する個人保証では、公正証書による保証意思の確認が必要となる場合もあります。
② 定期建物賃貸借契約
定期建物賃貸借契約では、借地借家法第38条に基づく方式や事前説明などの要件に注意が必要です。
通常の建物賃貸借契約とは異なり、契約の更新がない旨の定めを有効にするためには、法令上の要件を満たす必要があります。
なお、現在は一定の要件の下で電磁的記録等による対応も認められています。
③ 建設工事の請負契約
建設工事の請負契約については、建設業法第19条により、契約内容を記載した書面の相互交付等が求められます。
契約内容には、工事内容、請負代金、工期など、法令で定められた事項が含まれます。
単に口頭で工事を依頼して承諾を得たというだけでは、同条の書面化義務を満たしたことにはなりません。
④ フリーランスへの業務委託
フリーランス法では、対象となる特定受託事業者に業務委託をした場合、業務内容や報酬額、支払期日などの取引条件を、書面または電磁的方法によって明示することが求められます。
ただし、必ずしも双方が署名・押印した契約書を作成しなければならないという意味ではありません。
法令上必要な事項を、適切な方法で明示することが重要です。
⑤ 取適法の対象となる取引
中小受託取引適正化法(取適法)の対象となる委託取引では、委託事業者に取引条件の明示義務などが課されます。
適用の有無は、取引内容や当事者の資本金・従業員数などの要件によって判断されます。
こちらも、必ずしも一般的な形式の契約書1通を作成することだけが義務の履行方法ではありません。
重要なのは、「契約書を作成する義務」と「取引条件を書面等で明示する義務」を混同しないことです。
4.法律上、契約書が必須ではないケースとは?
一般的なビジネス取引では、契約書がなくても契約が成立するケースがあります。
例えば、次のような取引です。
※上記は民法上の一般原則を示したものです。具体的な取引には、特別法による書面化・明示義務などが適用される場合があります。
ただし、法律上契約書の作成が必須でない場合でも、実務上は契約書を作成しておくことをおすすめします。
特に、
取引金額が大きい
長期間にわたって取引する
成果物の著作権が問題になる
損害賠償のリスクが大きい
中途解約時の精算が重要になる
といった場合には、契約条件を明確にしておく必要性が高くなります。
5.前編のまとめ|契約書がなくても成立するが、作成しなくてよいとは限らない
契約書を作成していなくても、原則として当事者の合意によって契約が成立する場合があります。
しかし、契約書がないまま取引を進めると、業務範囲、報酬、追加業務、損害賠償、中途解約などについて認識の違いが生じる可能性があります。
また、取引内容によっては、法律上、書面の作成・交付や取引条件の明示などが必要となる場合もあります。
そのため、契約書の必要性を判断する際には、次の2つの視点が重要です。
① 法律上、書面の作成や取引条件の明示が必要か
② 法律上の義務がなくても、取引条件を明確にするために契約書を作成すべきか
契約書は、トラブルが起きてから作成するものではなく、トラブルを防止するために準備するものです。
後編では、契約書を作成するタイミング、取引開始後の契約書作成、行政書士への依頼について解説します。
契約書作成のご相談は、ファビスト行政書士事務所へ
ファビスト行政書士事務所では、個人事業主・フリーランス・中小企業の皆様を対象に、各種ビジネス契約書の作成をサポートしています。
一般的な雛形をそのまま使用するのではなく、取引内容や当事者の立場、ご希望の契約条件を丁寧に確認し、実務で使いやすい契約書の作成を目指しています。
「これから始める取引の契約書を作成したい」
「契約書を作成しないまま業務が始まってしまった」
「既存の契約書が実際の取引内容に合っていない」
このような場合も、お気軽にご相談ください。
※本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別案件に対する法的判断を示すものではありません。具体的な取引内容や適用法令によって、必要な対応は異なります。