最近、ネットのインタビュー動画を観ていて、思わずハッとさせられる言葉に出会いました。
「風呂キャン(お風呂に入るのをキャンセルする)」なんて言葉が流行るいま、新人の教育を放棄してしまうことを「育キャン(育成キャンセル)」と呼ぶ界隈があるのだそうです…。
最初、その言葉の響きを聞いたときは「えっ、育児放棄(ネグレクト)のこと……?」と一瞬ドキッとしたのですが、そうではなく、職場の「新人教育」の現場で起きていることなのだと知り、少しだけホッとしました。
(…というか言葉が増えすぎてついていくの大変ですね😅)
でも、そのあとに紹介されていた「現場のリアルな声」を聞いていくうちに、なんだか別の意味でゾッとしてしまいました。
いま、現場のリーダーや上司たちは、
「ハラスメントと言われたくないから、何も言わない(言えない)」。
一方で、入ってきたばかりの部下たちは、
「何も言われないから、自分がどう評価されているのか分からなくて不安」。
そんな、お互いに見えない壁を隔てて、すれ違っているような奇妙な現象が起きているというのです。
私たちが新人の頃にされていなかった理不尽な対応なら、今の時代に「できない」のは当然のアップデートだと思います。
だけど、自分が先輩たちにしてもらって嬉しかったことや、「挨拶をしなさい」という人としてごく当たり前の業務の共有すら、今の現場では「ハラスメントって言われたらどうしよう」と怖くて声がかけづらいんですって😅
今の研修やマニュアルって、本当に綺麗に小奇麗にまとまっていて、全体の大まかな流れしか載っていないものがほとんどです。
だけど、実際の現場って日々イレギュラーの連続ですよね。インターネットの攻略本には載っていないような泥臭い壁にぶつかったとき、私たちは先輩に聞きながら、自分で経験を積み重ねて、少しずつ自分の「取柄(らしさ)」を見つけて、一人前になっていったはずです。
現実問題、各イレギュラーまで全部マニュアルに載せていたら、探すのも大変だし、自分もほぼ読むのを断念してしまいそうです(;´・ω・)
先日、長女のオープンキャンパスに付き添ったとき、ある専門職の先生が「いま、現場は20代で辞めてしまう人が多くて、30代から40代前半の中間職の世代がすっぽり抜け落ちているんだよ」と、厳しい現実を教えてくれました。
これ、その業界だけの話ではなく、いまのあらゆる職場の縮図なのかもしれません。
人ひとりを育てるのは、本当に大変です。
そして、上層部のマニュアル正論と、新人の不安に挟まれている中間管理職のリーダーたちも、みんな本当にお腹が痛くなるほど大変な思いをしています。
「せめて、自分がされてきたように教えればいいのに」と思うけれど、それすら困難な仕組みになっているのだとしたら、もう「全部を完璧に一人で教える」というやり方自体が、今の時代には合わなくなっているのかもしれません。
人間、誰しも「得手不得手」があります。
教えるのが苦手な人もいれば、どの世代にも「人に教えるのが大好き」という取柄を持った人だって必ずいるものです。
取柄については⇩の記事でも書きました✍
だったら、新人の教育を「教育係のあの人一人」に丸投げするのを、一度やめてみてはどうでしょう。
その役割をちょっとだけ「因果分解」してみて、
「この分野の共有ならあの人に、あの事務処理の流れならこの人に」って、みんなの得意な引き出しをちょっとずつ出し合う。
どうしても一人の教育係を立てる必要があるのなら、「まずは、挨拶と、これだけの最低限のライン(境界線)をクリアできれば、今週は100点満点にしようね」と、お互いのハードルを下げてあげる。
もしその他に気になることがあれば、言える人はそっと伝えればいいし、言いにくかったら上司に相談して、その上司から得意そうな人に優しく振ってもらえばいい。
完璧な一人の『先生』になろうとして、怖くなって「育キャン」してしまう前に。
不完全な大人たちが集まる現場だからこそ、お互いの凸凹をパズルのように組み合わせるような、そんな温かい「不便の余白」を、今のギスギスした職場にも残していきたいですね。
あなたは今日、一人で抱え込んで、誰かへのアプローチを諦めてしまってはいませんか?🥺
▼ あなたの「違和感」を共に整理します。
綺麗にまとまったマニュアルだけでは救えない、現場の生々しい人間関係の凸凹。「新人にどう声をかけていいか分からない」「自分の教え方、これで合っているのかな……」と、一人でお腹を痛めていませんか?