最近、世界の呼吸が少し変わってきているのを感じる人もいるかもしれません。
何かを成し遂げた瞬間の高揚ではなく、音量を下げたあとの澄んだ空気。
もう無理に前へ進まなくても、自然に次の場面へ移っていける、そんな予感です。
マイトレーヤ、弥勒(みろく)菩薩、キリスト意識。。。
これらは未来に現れる誰かの名前というより、人類の意識がある成熟点に触れたときに、静かに立ち上がる質感のようなもので似たエネルギーだと思います。
努力や修行の延長線ではなく、「もう十分歩いてきた」という理解から生まれる、やさしい知性。
この感覚は、ニコラ・テスラが語った3(み)・6(ろ)・9(く)のリズムとも深く響き合っています。
3は創造の始まり。個として目覚め、動き出す力。
6は関係性と調和。他者や世界と関わりながら、循環を学ぶ段階。
9は完了と超越。個も関係も抱えたまま、全体に還る地点です。
テスラは、宇宙は数字ではなくリズムでできていると感じていました。
9に至ったものは、そこで終わるのではなく、
再び3へ戻り、新しい創造を始める。
ただし今度は、不足からではなく、充足から。
この循環は、マイトレーヤのエネルギーが伝えてくる在り方と、とてもよく似ています。
ここで語られる完成とは、完璧になることではありません。
傷がなかったことにすることでも、迷わなくなることでもない。
揺れながらも、自分の中心に戻ってこられる、その感覚が安定した状態です。
もし今、階段の踊り場にいるような状態なら、9に触れているサインかもしれません。
何かのピークを迎えた、
一連の学びは終えた、
やるだけのことはやってきた、
という方へ。
マイトレーヤのエネルギーは言います。
「完成したまま、動いていい」
「満ちたまま、次の創造へ進んでいい」と。
力を入れなくても、人生は流れます。
もう、わざわざ『まだ私に足りないもの、欠けてるもの』を探して
ハングリー精神から行動し始めなくて大丈夫です。
安心の中から生まれる一歩は小さいけれど、とても正直です。
マイトレーヤのエネルギーは、あなたが自分に対して
『もう大丈夫』
『もう安心して受け取っていい』
と、やっと言ってくれるのを待っています。
そしてそれが新たなサイクルの出発点となります。
深い世界への入口は、
いつも“安心して普通でいられる場所”