第4回 GSの終わりと静かなフォークの風

第4回 GSの終わりと静かなフォークの風

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あれほど華やかだったGSブームは、昭和44年頃から急速に勢いを失っていきました。似た形のグループが増えすぎたこと、音楽性をめぐる迷い、メンバーの独立、社会の空気の変化。若者の関心は、華やかな衣装とエレキの音から、ギター一本で言葉を届ける歌へ移っていきます。

もちろん、GSが消えてすぐ吉田拓郎の時代になったわけではありません。その間を結んだ大切な歌があります。ビリー・バンバンの「白いブランコ」、トワ・エ・モワの「或る日突然」「空よ」、はしだのりひことシューベルツの「風」、カルメン・マキの「時には母のない子のように」。静かなメロディーの中に、孤独、別れ、平和への願いが漂っていました。

フォーク・クルセダーズの「帰って来たヨッパライ」が大きな話題となり、「イムジン河」は放送や発売をめぐる問題を通して、歌が社会と無関係ではいられないことも示しました。大学では学生運動が激しくなり、ベトナム戦争への反対、既成の権威への疑いが若者の心を覆っていました。反戦歌やプロテストソングも歌われ、フォークは娯楽であると同時に、自分の意見を表す手段になったのです。

GSが「見る音楽」でもあったとすれば、この時期のフォークは「聴き、考え、自分でも歌う音楽」でした。難しい楽器編成がなくても、ギターを覚えれば仲間と歌える。歌の主人公も、遠いスターから、下宿で暮らし、恋に悩み、社会に違和感を抱く普通の若者へ変わっていきます。

時代の熱気が去った後に残る寂しさ。大きな物語より、自分の足元を見つめようとする気分。昭和40年代後半のフォークには、そんな心の変化が刻まれているように思います。

読者の皆様へ 華やかなGSから静かなフォークへ、皆様はどのように受け止めましたか。


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