第10回 演歌が守った故郷と大人の心

第10回 演歌が守った故郷と大人の心

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アイドルとニューミュージックが華やかに広がった昭和50年代、演歌は決して消えてはいませんでした。五木ひろし「長良川艶歌」、細川たかし「矢切の渡し」、大川栄策「さざんかの宿」、吉幾三「雪國」、石川さゆり「天城越え」。昭和の終わり近くまで、多くの演歌が国民的なヒットになりました。
演歌が歌ったのは、急速に変わる日本の中で置き去りにされそうな感情です。帰れない故郷、報われない恋、酒に託す本音、雪国や海峡の厳しい風景。新幹線や高速道路が距離を縮めても、人の心の距離は簡単には埋まりません。都会へ出た人ほど、演歌の中の故郷に胸を締めつけられたのではないでしょうか。
千昌夫の「北国の春」は長く歌い継がれ、中国をはじめ海外にも広がりました。北島三郎の「まつり」には、個人の悲しみを越えて共同体の力を取り戻すような豪快さがありました。美空ひばりは「愛燦燦」、そして昭和末期の「川の流れのように」で、人生そのものを見渡す境地を歌いました。
若い頃、演歌を古いと感じた人も、年齢を重ねると歌詞の意味が分かるようになることがあります。歌は変わらなくても、聴く側の人生が変わるからです。青春歌謡が未来への憧れを歌い、フォークが若者の本音を歌ったとすれば、演歌は、人が背負ってきた時間を受け止める歌でした。
昭和歌謡を語るとき、流行の移り変わりだけを追うと、演歌は新しい音楽に押されたように見えます。しかし茶の間、宴会、スナック、カラオケでは、演歌が人と人を結び続けていました。売上順位だけでは測れない生活の歌。それが演歌の強さだったと思います。
読者の皆様へ 若い頃よりも今の方が心に染みる演歌はありますか。

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