第9回 松田聖子と中森明菜 アイドル黄金時代

第9回 松田聖子と中森明菜 アイドル黄金時代

記事
エンタメ・趣味
昭和55年、松田聖子がデビューしました。「青い珊瑚礁」「風は秋色」「赤いスイートピー」。明るさ、可憐さ、そして時代ごとに変化する表現力によって、アイドルのあり方を塗り替えました。髪形は「聖子ちゃんカット」と呼ばれ、全国の若い女性がまねをしました。歌手の衣装や髪形が、町の流行へ直結した時代です。

昭和57年にデビューした中森明菜は、松田聖子とは違う陰影と緊張感を持っていました。「少女A」「セカンド・ラブ」、後の「飾りじゃないのよ涙は」「DESIRE」。同じアイドルでも、可憐な光と危うい影という対照があり、歌謡界を大いに盛り上げました。

田原俊彦、近藤真彦、シブがき隊、小泉今日子、河合奈保子、早見優、石川秀美、堀ちえみ。多くのアイドルが歌番組、ドラマ、映画、雑誌、コマーシャルを横断して活躍しました。おニャン子クラブの登場は、スターを遠い存在として仰ぐだけでなく、身近な少女たちの成長を応援する楽しみを広げました。

昭和50年代末から60年代、日本は消費社会の色を強めます。ウォークマンで外へ音楽を持ち出し、レンタルレコードで多くの曲をカセットに録音するようになりました。音楽は茶の間だけのものではなく、一人ひとりが自分の好きな曲を選び、自分だけの順番で聴くものになっていきます。

アイドル歌謡には、職業作家たちの知恵が集まっていました。松本隆、阿久悠などの作詞、筒美京平をはじめとする作曲家、優れた編曲家たちが、若い歌手の個性を引き出しました。華やかな表面の奥に、非常に緻密なものづくりがあったからこそ、今聴いても色あせない曲が多いのでしょう。

読者の皆様へ 聖子派、明菜派という言葉もありました。皆様はどちらでしたか。


サービス数100万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す