第8回 テレビ歌謡の頂点とピンク レディー

第8回 テレビ歌謡の頂点とピンク レディー

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昭和50年代前半、テレビの歌番組は最も華やかな時期を迎えました。「夜のヒットスタジオ」「ザ・ベストテン」などでは、今まさに売れている歌手が生放送で歌い、ランキングの行方を全国が見守りました。翌日の学校や職場では、昨夜の衣装や順位が話題になりました。

キャンディーズは親しみやすさと美しいハーモニーで愛され、「普通の女の子に戻りたい」という言葉を残して解散しました。ピンク・レディーは「ペッパー警部」「UFO」「サウスポー」などを次々にヒットさせ、子どもから大人までが振り付けをまねしました。歌を聴くだけでなく、見て、踊って、皆で共有する。テレビ時代の歌謡曲を象徴する存在でした。

山口百恵は少女から大人へ変わる陰影を歌に刻み、「横須賀ストーリー」「秋桜」「いい日旅立ち」などで独自の世界を築きました。作詞家、作曲家、編曲家、歌手が力を合わせて一人のスターの物語を作る、歌謡曲ならではの総合芸術が頂点に達したと言ってよいでしょう。昭和55年、人気絶頂での引退は、一つの時代の区切りになりました。

一方で、世相は決して明るいだけではありません。石油危機後の安定成長、相次ぐ社会事件、将来への漠然とした不安。それでもテレビの中のスターは、日常を忘れさせる華やかさを保っていました。演歌、アイドル、ニューミュージックが同じ順位表に並ぶ「ザ・ベストテン」は、音楽の好みが細かく分かれる前の、最後の大広場だったように思います。

決まった曜日の決まった時間にテレビの前へ集まり、歌手が登場する瞬間を待つ。便利さとは別の、待つ楽しみがそこにはありました。

読者の皆様へ 皆様が振り付けまで覚えた昭和の歌はありますか。



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