第11回 シティポップとロック 音が都会を走り出す

第11回 シティポップとロック 音が都会を走り出す

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音声・音楽
昭和50年代後半から60年代にかけて、日本のポップスは一段と洗練されます。山下達郎、大瀧詠一、竹内まりや、杏里、杉山清貴とオメガトライブなどの音楽は、海辺、車、夜の都会、夏の光を鮮やかな音で描きました。当時は一括してニューミュージックと呼ばれることも多く、後に「シティポップ」という見方で再評価されていきます。
自動車、カーステレオ、FM放送、質のよいオーディオ。暮らしの変化が、似合う音楽も変えました。歌は畳の部屋だけでなく、夜の高速道路や海岸線を走る車の中で聴くものになります。コマーシャルからヒット曲が生まれ、商品と季節と歌が一つのイメージを作りました。日本が豊かさを実感し、やがてバブル景気へ向かう空気が、その明るく精密な音に映っています。
同時にロックバンドも大衆の中心へ近づきました。YMOは電子音楽で世界に衝撃を与え、佐野元春は日本語のロックに新しい速度を持ち込みました。チェッカーズ、レベッカ、BOØWY、THE BLUE HEARTS、プリンセス プリンセスなどが若者の支持を集め、昭和末期にはバンドブームが大きなうねりになります。
シンセサイザー、打ち込み、ミュージックビデオ。音楽の作り方も見せ方も変わりました。「歌謡曲」「フォーク」「ロック」「ニューミュージック」という境界は次第に曖昧になります。作り手自身が歌い、バンドが自分たちの世界観を提示し、従来の歌謡界とは別の道から大ヒットが生まれるようになりました。
しかし、よく聴けば新しい音の中にも、日本人が長く愛してきた哀愁や季節感があります。昭和歌謡は消えたのではなく、新しい服へ着替えながら次の時代へ進んでいたのだと思います。
読者の皆様へ 車の中で聴くと、今もあの頃の景色が見える曲はありますか。
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