「俺はエースだったんだ。」
補欠にもなれなかった人が豪語したりします。
まあ気持ちとしてはわからないこともないのですが、
選手になれるとかなれないとかではなくて、
3年間一生懸命汗を流してやり通したということが勲章なのですから、
せっかくのそれを汚すようなことはやめた方がいいですね。
それはともかく、
私が高校1年の夏、
わが仙台商業が甲子園に出場しました。
その時キャッチャーをしていた八重樫さんが、
翌年ヤクルトスワローズにドラフト1位で入団。
現役引退後も2軍監督をしたりして活躍していました。
あと、ショートを守って
サードの土生(はぶ)さんと鉄壁の三遊間と言われた佐藤仁さんは
何と南三陸町の町長となって今に至ります。
その後仙商は2、3回甲子園に行ってますが、
最近は全然です。
かつては東北高校、仙台育英とともに
3強と言われた時代もあったのですけれどもね。
あの頃の野球部は青々とした坊主頭で、
床屋に行く時間もなかったため、
部室でバリカン刈りをしていたものでした。
そんなものですから、
頭はとら刈りもとら刈り、想像も絶するとら狩りで、
刈り残した髪の毛があちこちに突出し、
授業中にそんな頭が前の席にあったりすると、
吹き出すのを堪えるのにえらく苦労したものでした。