ずっと決められなくて
カウンセリングルームのドアが開き、クライエントが入ってきた。30代前半に見える女性だ。落ち着いた服装で、きちんとした印象を受ける。でも、その表情はどこか疲れていて、笑顔が硬い。
ダイキ「こんにちは。今日はよく来てくださいました」
クライエント「あ、はい...よろしくお願いします」
彼女は椅子に座ると、少し緊張した様子で手元のバッグを握りしめた。
ダイキ「緊張されてますか?」
クライエント「はい、少し......こういう場所に来るの、初めてで」
ダイキ「そうですよね。最初は誰でも緊張しますから、大丈夫ですよ。ゆっくりお話ししましょう」
クライエントは小さく頷いて、少しだけ肩の力を抜いた。
ダイキ「今日は、どんなことでお越しになったんですか?」
クライエント「......結婚のことで、ずっと悩んでいて」
ダイキ「結婚のこと」
クライエント「はい。付き合っている人がいるんですけど......その人と結婚したいと思ってるんですけど、親が反対してて」
彼女は言葉を選ぶように、ゆっくりと話し始めた。
クライエント「もう4年も付き合ってるんです。彼はすごく優しくて、一緒にいると安心できて。でも......親が認めてくれなくて」
ダイキ「親御さんが反対されてるんですね」
クライエント「はい......彼、長男なんです。将来、義両親と同居する可能性が高いって。それで母が......」
彼女は言葉に詰まった。
クライエント「それに、彼の仕事が......今はフリーランスで働いてて。安定してないって、父も母も心配して」
ダイキ「......」
クライエント「半年前にプロポーズされたんです。でも、親に話したら大反対で。それから、ずっと......どうしたらいいのか分からなくて」
そう言って、彼女は俯いた。
「いい子」でいること
ダイキ「半年間、ずっと悩んでこられたんですね」
クライエント「はい......毎日、考えてます。このまま結婚していいのかって。親の言うことも分かるんです。でも、彼のことは好きで......」
彼女の声が少し震えた。
ダイキ「お気持ち、とても揺れてるんですね」
クライエント「......はい」
しばらく沈黙が流れた。クライエントは目を伏せたまま、何かを考えている様子だった。
ダイキ「親御さんが反対されてることを、彼はご存知なんですか?」
クライエント「はい、知ってます。彼は......『親の承諾がなくても、僕たちが幸せならいいじゃないか』って言うんです」
ダイキ「彼はそう言ってくれてるんですね」
クライエント「でも、私は......親の承諾なしで結婚するなんて、考えられなくて」
ダイキ「考えられない」
クライエント「はい。親に認めてもらえないまま結婚したら、ずっと不安な気がして......」
そう言って、彼女は顔を上げた。目が少し赤くなっている。
クライエント「私、おかしいですよね。もう30過ぎてるのに、親の承諾がないと不安だなんて」
ダイキ「おかしいとは思いませんよ」
クライエント「......本当ですか?」
ダイキ「はい。親御さんのことを大切に思ってるからこそ、認めてもらいたいって思うのは自然なことだと思います」
彼女は少しほっとしたような表情を見せた。でも、すぐにまた表情が曇る。
クライエント「でも......このままだと、彼を失ってしまいそうで」
ダイキ「彼を失ってしまいそう」
クライエント「最近、彼が......疲れてるみたいなんです。『いつになったら結婚できるの?』って。私も答えられなくて......」
彼女の声が小さくなった。
ダイキ「今、お二人の関係も、少し厳しい状況なんですね」
クライエント「はい......」
ダイキ「ちょっと聞いてもいいですか?」
クライエント「はい」
ダイキ「これまでの人生で、親御さんの期待に応えてきたこと、多かったですか?」
クライエントは少し驚いた表情を見せた。
クライエント「......どうして分かるんですか?」
ダイキ「いえ、ただ......もしかしたらと思って」
クライエント「......そうですね。ずっと、親の期待に応えようとしてきたと思います」
親の期待と自分の人生
クライエント「子どもの頃から......親が喜ぶことをするのが、当たり前でした」
ダイキ「当たり前だった」
クライエント「はい。勉強も、進路も......全部、親と相談して決めてきました。薬学部に進んだのも、母が『薬剤師なら安定してるから』って言って」
ダイキ「親御さんと一緒に決めてこられたんですね」
クライエント「はい。それが普通だと思ってました。親が喜んでくれると、私も嬉しくて」
彼女は少し懐かしそうに話した。
クライエント「高校の時、友達が『親に反発して家出た』とか言ってるのを聞いて......私には信じられませんでした。どうして親を悲しませるようなことができるんだろうって」
ダイキ「親を悲しませたくなかった」
クライエント「はい......ずっとそう思ってきました。親孝行な娘でいたいって」
ダイキ「......」
クライエント「でも、今回......初めて、親と自分の意見が違って」
彼女は言葉を切った。
クライエント「彼と結婚したいって思ったのは、私の気持ちなんです。初めて、自分で決めたいって思ったことで」
ダイキ「初めて」
クライエント「はい。でも......親が反対してて。それで、どうしたらいいのか......」
彼女は再び俯いた。手がバッグを強く握りしめている。
ダイキ「親の期待と、自分の気持ちの間で......」
クライエント「......はい」
しばらく沈黙が続いた。クライエントは何かを考えているようだった。
ダイキ「親御さんが反対してる理由、もう少し詳しく聞いてもいいですか?」
クライエント「はい......母は、義両親と同居することを一番心配してます。『あなたが苦労するから』って」
ダイキ「お母さん自身も、そういう経験が?」
クライエント「......はい。母は、結婚してから義両親と同居して......すごく大変だったみたいです」
ダイキ「そうだったんですね」
クライエント「母はよく言ってました。『私みたいに苦労してほしくない』って。だから......私が幸せになることを願って、反対してるんだと思います」
ダイキ「お母さんなりの愛情表現なんですね」
クライエント「はい......分かってるんです。母は、私のことを思って言ってくれてるって」
彼女の目に涙が浮かんだ。
クライエント「でも......私、彼と一緒にいたいんです。苦労することがあっても、二人で乗り越えたいって思って」
「家族の調和」という価値観
ダイキ「もう少し聞いてもいいですか?」
クライエント「はい」
ダイキ「親御さんが反対してることを、彼のご両親はご存知なんですか?」
クライエント「いえ......まだ、ちゃんとは話してないです」
ダイキ「そうなんですね」
クライエント「彼のお母さんは優しい人で......『いつでもうちに来てね』って言ってくれるんです。でも、私の親が反対してるって知ったら、どう思うかって考えると......」
ダイキ「......」
クライエント「両家が揉めたら、どうしようって。そうなったら、もう結婚できないじゃないかって」
彼女は不安そうに話した。
ダイキ「両家の関係も、気になってるんですね」
クライエント「はい......結婚って、二人だけの問題じゃないって、よく言うじゃないですか」
ダイキ「そう言いますね」
クライエント「だから......家族みんなが納得して、円満に進めたいんです。それが、正しい結婚だって思って」
ダイキ「家族みんなが納得する結婚」
クライエント「はい。波風立てずに、みんなが幸せになれる方法があるはずだって......」
そう言いながら、彼女は自分の言葉に少し迷いを感じているようだった。
ダイキ「......それは、本当に可能だと思いますか?」
クライエント「え?」
ダイキ「みんなが納得して、誰も我慢しない結婚」
クライエント「......」
彼女は答えられなかった。
ダイキ「もしかしたら、誰かが少し我慢することになるかもしれない。その時、それは誰だと思いますか?」
クライエントは俯いた。そして、小さな声で答えた。
クライエント「......私、ですよね」
ダイキ「......」
クライエント「親の期待に応えるために、彼を諦める。それが......一番、波風立たない方法」
彼女の声が震えた。
クライエント「でも......それって、私の人生なのに」
涙が一粒、膝に落ちた。
本当の「不安」の正体
しばらく、クライエントは静かに泣いていた。ダイキは何も言わず、ただ待った。
やがて、彼女はゆっくりと顔を上げた。
クライエント「すみません......」
ダイキ「いえ、大丈夫ですよ」
クライエント「なんか......今まで考えないようにしてたことが、出てきちゃって」
ダイキ「考えないようにしてたこと」
クライエント「はい。本当は......親の承諾がないことが不安なんじゃなくて」
彼女は言葉を選びながら、話し始めた。
クライエント「親の期待に応えられない自分が......怖いのかもしれません」
ダイキ「......」
クライエント「ずっと、親が喜ぶことをしてきました。それで、親から認められて、愛されてきたって思ってて」
ダイキ「認められることで、愛されてきた」
クライエント「はい。だから......親の期待に応えられなかったら、愛してもらえないんじゃないかって」
彼女は自分の手を見つめた。
クライエント「それが、一番怖いのかもしれません」
ダイキ「親御さんから愛されなくなるんじゃないかという不安」
クライエント「......はい」
ダイキ「それは、とても大きな不安ですよね」
クライエント「はい......今、言葉にしてみて、やっと分かりました」
彼女は深く息を吐いた。
クライエント「親の承諾がない結婚が不安なんじゃなくて......親に見放されることが怖いんです」
ダイキ「......」
クライエント「でも......それって、おかしいですよね」
ダイキ「おかしいとは思いませんよ」
クライエント「え?」
ダイキ「親に愛されたいって思うのは、人として自然な気持ちです。特に、これまでずっと親御さんとの関係を大切にしてこられたから」
クライエント「......」
ダイキ「ただ......一つ、考えてみてほしいことがあるんです」
クライエント「はい」
ダイキ「親御さんは、あなたが期待に応えるから愛してくれてるんでしょうか?それとも......」
彼女はハッとした表情を見せた。
愛されるために、必要なこと
ダイキ「親御さんは、どんなあなたなら愛してくれると思いますか?」
クライエント「......期待に応えてる私、だと思ってました」
ダイキ「本当にそうでしょうか?」
クライエント「......」
彼女は考え込んだ。
クライエント「でも......小さい頃、母は私が病気で寝込んでる時も、ずっと看病してくれました」
ダイキ「そうだったんですね」
クライエント「何もできない私を、心配して......『早く元気になってね』って」
ダイキ「何もできなくても、お母さんはあなたのそばにいてくれた」
クライエント「......はい」
彼女の目に、また涙が浮かんだ。でも、今度は先ほどとは違う涙だった。
クライエント「母は......期待に応えるから愛してくれてるわけじゃないのかもしれない」
ダイキ「......」
クライエント「ただ......私が娘だから、愛してくれてるのかもしれない」
彼女はゆっくりと、その言葉を噛みしめた。
クライエント「でも、だとしたら......どうして反対するんでしょう?」
ダイキ「それは......親御さんなりに、あなたの幸せを心配してるからじゃないでしょうか」
クライエント「......」
ダイキ「お母さんは、ご自身の経験から、同居の大変さを知ってる。だから、娘に同じ苦労をさせたくないって」
クライエント「はい......」
ダイキ「でも......お母さんの心配と、あなたの選択は、別のものですよね」
クライエント「......別のもの」
ダイキ「お母さんは経験から心配してる。でも、あなたは彼と一緒なら、その苦労も乗り越えられるって感じてる」
クライエント「......はい」
ダイキ「どちらも、間違ってないと思うんです」
彼女は少し驚いたように、ダイキを見た。
ダイキ「お母さんの心配も正しいし、あなたの気持ちも正しい。ただ......それぞれの正しさが違うだけで」
クライエント「......そうか」
クライエント「私、ずっと......どっちかが正しくて、どっちかが間違ってるって思ってました」
ダイキ「......」
クライエント「だから、親が正しいなら、私が我慢しなきゃって。でも......どっちも正しいって考えたことなかった」
彼女は自分の手を見つめた。
クライエント「どっちも正しいなら......私も、自分の気持ちを大切にしていいんですよね」
集団の中の「個人」
ダイキ「もう少し、お話ししてもいいですか?」
クライエント「はい」
ダイキ「さっき、『家族みんなが納得する結婚』っておっしゃいましたよね」
クライエント「はい......」
ダイキ「それって、あなたにとって、とても大事なことなんですね」
クライエント「はい。私が育った環境では......家族の調和が何より大切だったんです」
ダイキ「家族の調和」
クライエント「はい。誰かが突出して自分の意見を通すより、みんなで話し合って決める。それが正しいって教えられてきました」
彼女は少し遠い目をして、昔を思い出しているようだった。
クライエント「子どもの頃、家族で何か決める時は、必ずみんなで話し合ってました。旅行先も、外食の店も......父と母と私で、みんなが納得できる場所を選んで」
ダイキ「みんなで話し合って決めてきたんですね」
クライエント「はい。それが当たり前で......一人で勝手に決めるなんて、考えたこともなかったです」
ダイキ「......」
クライエント「友達の家に遊びに行った時、友達が親に何も相談せずに『明日、友達と遊びに行く』って言ってるのを見て......すごくびっくりしたのを覚えてます」
ダイキ「びっくりした」
クライエント「はい。『親に相談しなくていいの?』って聞いたら、友達が不思議そうに『なんで?』って」
彼女は苦笑した。
クライエント「それで、私は......自分の家だけが特別なのかなって思ったんです。でも......」
ダイキ「でも?」
クライエント「大人になってから考えると、私の地元って......わりとそういう家庭が多かったと思います」
ダイキ「そうなんですね」
クライエント「はい。親戚の集まりとかでも、みんな......家族のことを一番に考えてました。『家族の和を乱すな』って、よく言われてて」
ダイキ「家族の和」
クライエント「はい。だから......自分だけの意見で決めるなんて、わがままな気がして」
ダイキ「わがままな気がする」
クライエント「はい......でも」
彼女は言葉を切った。
クライエント「でも、結婚って......私の人生じゃないですか」
ダイキ「......そうですね」
クライエント「家族の意見も大事だけど......最終的に、その人生を生きるのは私で」
ダイキ「彼と一緒に暮らすのも」
クライエント「......はい。彼と一緒に暮らすのも私だし、もしかしたら子どもを産むのも私だし......全部、私の人生なのに」
彼女の声に、少しずつ力が戻ってきた。
クライエント「なのに、親の意見に従って、彼を諦めたら......後悔するんじゃないかって」
ダイキ「後悔するかもしれない」
クライエント「はい。50歳、60歳になった時に......『あの時、自分の気持ちを選んでいれば』って、思うんじゃないかって」
クライエント「それって......とても悲しいことだと思うんです」
ダイキ「......」
ダイキ「もう一つ、聞いてもいいですか?」
クライエント「はい」
ダイキ「友達とか、周りの人で......親の反対を押し切って結婚した人、いますか?」
クライエント「......います」
ダイキ「そうなんですね」
クライエント「大学時代の友達で......親が大反対してたのに、結婚した子がいて」
ダイキ「その友達のこと、どう思いましたか?」
クライエント「最初は......正直、『よくそんなことできるな』って思いました」
ダイキ「......」
クライエント「親を悲しませてまで、自分の気持ちを優先するなんて......私には考えられなくて」
ダイキ「でも?」
クライエント「でも......その子、今すごく幸せそうなんです」
彼女は複雑な表情で話した。
クライエント「結婚式には親も来てくれて、今では孫も生まれて......親も喜んでるみたいで」
ダイキ「最初は反対してたけど、今では」
クライエント「はい。『あの時、諦めなくてよかった』って、その子は言ってました」
クライエント「それを聞いて......私、なんか......」
ダイキ「......」
クライエント「羨ましいって思っちゃったんです。自分の気持ちを貫けた彼女が」
彼女の目に、また涙が浮かんだ。
クライエント「私、今まで......家族の中の一員として生きてきました。でも、これからは......」
彼女は顔を上げた。
クライエント「一人の人間として、自分の人生を選んでもいいんですよね」
ダイキ「......どう思いますか?」
クライエント「......いいと思います」
彼女は少し笑った。涙が頬を伝っているのに、笑顔だった。
クライエント「親を悲しませたくないって気持ちは、今でもあります。でも......私の人生を生きるのは、私だから」
ダイキ「自分の人生を生きる」
クライエント「はい。それって......わがままなことじゃないんですよね」
ダイキ「どうしてそう思いますか?」
クライエント「だって......自分の人生を生きないで、誰が生きるんですか」
その言葉には、強い決意が込められていた。
親との新しい関係
ダイキ「大きな気づきがあったようですね」
クライエント「はい......なんか、すごく楽になった気がします」
ダイキ「楽になった」
クライエント「ずっと、どっちかを選ばなきゃいけないって思ってたんです。親を取るか、彼を取るかって」
ダイキ「......」
クライエント「でも、そうじゃないんですね。親を大切にしながらも、自分の人生を選んでいい」
ダイキ「そうですね」
クライエント「親が反対してても......それは親の心配であって、私の選択とは別のもの」
彼女は少し考えてから、続けた。
クライエント「もちろん、親には理解してほしいです。でも......理解してもらえなくても、私は彼と結婚したい」
ダイキ「その気持ち、とてもはっきりしてきましたね」
クライエント「はい......初めて、こんなにはっきりと思えました」
ダイキ「具体的に、これからどう行動されますか?」
クライエント「まず......親に、もう一度ちゃんと話してみます」
ダイキ「もう一度話してみる」
クライエント「今までは......親の期待に応えられない自分が怖くて、ちゃんと自分の気持ちを伝えられてなかったと思うんです」
彼女は自分の手を見つめた。
クライエント「親が反対したら、『そうだよね』って流して......自分の気持ちを押し殺してました」
ダイキ「自分の気持ちを押し殺していた」
クライエント「はい。でも、それじゃダメですよね。親も、私が本気でどう思ってるのか、分かってないと思うんです」
ダイキ「......」
クライエント「だから、今度は......『これが私の人生です』って、はっきり伝えたいです」
ダイキ「自分の気持ちを、はっきりと」
クライエント「はい。もちろん、親の心配も分かってるって伝えます。母が同居で苦労したこと、私も知ってるから」
クライエント「でも......その上で、私は彼と結婚したいって。彼となら、どんな困難も乗り越えられるって信じてるって」
ダイキ「彼となら乗り越えられる」
クライエント「はい。母の時代と、今は違うと思うんです。同居のあり方も変わってきてるし、私たちは私たちのやり方を見つけられると思って」
彼女の表情が、少しずつ明るくなってきた。
クライエント「それでも反対されるかもしれません。でも......それは、仕方ないことだと思うんです」
ダイキ「仕方ないこと」
クライエント「はい。親には親の考えがあって、私には私の考えがある。どっちも正しくて、どっちも間違ってない」
彼女は深く息を吸った。
クライエント「だから......親が反対しても、私は自分の選択を後悔しないって、決めます」
ダイキ「親御さんが反対し続けたとしても?」
クライエント「......はい」
彼女は少し躊躇したが、すぐに続けた。
クライエント「でも......時間が経てば、親も分かってくれるかもしれないって思うんです」
ダイキ「時間が経てば」
クライエント「さっき話した友達みたいに......最初は反対してても、孫が生まれたら喜んでくれるかもしれないし」
クライエント「それに......私が本当に幸せそうにしてたら、親も安心してくれると思うんです」
ダイキ「あなたが幸せそうにしていたら」
クライエント「はい。親が一番心配してるのは、私が不幸になることだと思うから」
彼女の目に、優しい光が宿った。
クライエント「だから......結婚してから、幸せな姿を見せ続ける。それが、親への一番の恩返しになるかもしれない」
ダイキ「......素敵な考え方ですね」
クライエント「ありがとうございます。でも......正直、すぐに分かってもらえるとは思ってないです」
ダイキ「すぐには分かってもらえないかもしれない」
クライエント「はい。もしかしたら、何年もかかるかもしれない。でも......それでもいいって思えるようになりました」
クライエント「大切なのは、親に認めてもらうことじゃなくて、自分の人生を生きることだから」
ダイキ「自分の人生を生きること」
クライエント「はい。もちろん、親との関係は大切です。でも......親の承諾を得ることが目的じゃなくて」
彼女は少し考えてから、言葉を選んだ。
クライエント「彼と幸せになることが目的で......親との関係は、その中で少しずつ築いていくものなのかなって」
ダイキ「少しずつ築いていく」
クライエント「はい。焦らずに、時間をかけて......親にも、私たちの幸せを見てもらいながら」
未来への一歩
クライエント「それから......彼にも、ちゃんと話します」
ダイキ「彼にも」
クライエント「はい。待たせちゃって、ごめんねって。でも、もう決めたって」
彼女の表情は、最初に来た時とは全く違っていた。迷いが消えて、前を向いている。
クライエント「今まで、ずっと......親に認めてもらえないと結婚できないって思ってました。でも、違うんですね」
ダイキ「......」
クライエント「親に認めてもらえたら嬉しいけど、認めてもらえなくても......私は彼と結婚する。それが、私の選択です」
ダイキ「強い決意ですね」
クライエント「はい......怖いけど、でも」
彼女は笑った。
クライエント「自分で決めるって、こういうことなんですね。怖いけど、でも......なんだか、すごく自由な気がします」
ダイキ「自由な気がする」
クライエント「はい。今まで、親の期待に応えることが、私の幸せだと思ってました。でも......本当の幸せは、自分で選ぶことなのかもしれない」
クライエント「もちろん、親との関係は大切にしたいです。でも......親の人生と、私の人生は、別のものだから」
ダイキ「親の人生と、自分の人生」
クライエント「はい。親は親の人生を生きてきて、私は私の人生を生きる。それでいいんだって、やっと分かりました」
彼女は少し照れくさそうに笑った。
クライエント「なんか......当たり前のことですよね」
ダイキ「でも、気づくのは簡単じゃないですよ」
クライエント「そうですね......半年も悩んでましたから」
ダイキ「その半年間があったから、今日の気づきがあったんだと思いますよ」
クライエント「......そうかもしれないですね」
対話を終えて
クライエントは帰り際、最後にこう言った。
クライエント「今日、来てよかったです。一人で悩んでた時は......どうしたらいいのか、全然分からなくて」
ダイキ「そうだったんですね」
クライエント「でも、話してるうちに......自分が本当に怖がってたことが分かりました」
ダイキ「親に見放されることが怖かった」
クライエント「はい。でも......親は、期待に応えるから愛してくれてるわけじゃない。ただ、娘だから愛してくれてる」
クライエント「それが分かっただけで......すごく楽になりました」
ダイキ「それは良かったです」
クライエント「これから......親に話すのは、やっぱり怖いです。反対されたら、悲しいだろうし」
ダイキ「......」
クライエント「でも、もう決めました。親の承諾がなくても、私は彼と結婚します」
彼女は真っすぐにダイキを見て、言った。
クライエント「これが、私の人生ですから」
その言葉には、迷いがなかった。
あとがき
このクライエントとの対話から、私たちは「親の承諾」という問題の深層を見ることができました。
表面的には「親が反対している」という状況ですが、その奥には「親の期待に応えられない自分への不安」「愛されなくなることへの恐れ」がありました。
集団主義的文化の中での「個人」
日本のような集団主義的な文化の中で育つと、「家族の調和」「親の期待」を優先することが「良いこと」だと学びます。それ自体は決して悪いことではありません。家族を大切にすることは、人として自然な感情です。
家族の中で育ち、家族に支えられて生きてきた私たちにとって、家族との絆は何よりも大切なものです。親の期待に応えたいと思うのも、親に喜んでもらいたいと思うのも、愛情の表れです。
しかし、それが行き過ぎると、「自分の人生を選ぶこと」が「わがまま」に感じられてしまいます。自分の気持ちよりも、親の期待を優先することが当たり前になってしまいます。
特に、「親の承諾なしで結婚する」という選択は、集団主義的な価値観の中では、非常に大きな決断です。なぜなら、それは「家族の調和」よりも「個人の幸せ」を優先する行為だからです。
親の愛と条件
このクライエントが抱えていたもう一つの大きな問題は、「親に認められることで愛される」という思い込みでした。
幼少期から親の期待に応えることで褒められ、認められてきた経験は、「期待に応えること=愛されること」という図式を心に刻み込みます。そして、「期待に応えられなければ、愛されなくなるのではないか」という不安が生まれます。
しかし、対話の中で彼女が気づいたように、親の愛は条件付きではありません。病気で何もできない時でも、親は看病してくれました。それは、「何かができるから」愛しているのではなく、「娘だから」愛しているのです。
この気づきは、彼女を大きく解放しました。親の期待に応えられなくても、愛されなくなるわけではない。その安心感が、自分の人生を選ぶ勇気を与えてくれたのです。
結婚における「愛」と「承諾」
興味深いことに、研究によると、日本を含む多くの近代化された国では、「愛」が結婚の前提条件と考えられています。つまり、愛していない相手とは結婚しないという価値観が主流です。
一方で、日本ではいまだに「親の承諾」も重要視される傾向があります。これは、個人主義と集団主義の価値観が混在している状態と言えるでしょう。
「愛する人と結婚したい」という個人主義的な欲求と、「親に認めてもらいたい」という集団主義的な欲求。この二つが対立した時、私たちはどうすればいいのでしょうか。
このクライエントが見つけた答えは、「どちらか一方を選ぶのではなく、両方を大切にしながら、自分の人生を生きる」というものでした。
親の心配を理解し、親との関係を大切にしながらも、最終的には自分で決める。そして、自分の選択に責任を持つ。それが、大人として自分の人生を生きるということなのかもしれません。
「承諾」と「理解」の違い
最後に、一つ大切なことがあります。それは、「親の承諾」と「親の理解」は違うということです。
承諾とは、「はい、いいですよ」と許可を与えることです。しかし、理解とは、「あなたの気持ちは分かる」と受け止めることです。
親が反対していても、あなたの気持ちを理解してくれることはあります。そして、時間が経てば、反対から理解へ、理解から承諾へと、親の気持ちが変化することもあります。
大切なのは、「今すぐ承諾してもらうこと」ではなく、「自分の気持ちを誠実に伝え、時間をかけて理解を深めていくこと」なのかもしれません。
自分の人生を生きる勇気
結婚は、人生の中で最も大きな決断の一つです。そして、その人生を生きるのは、親ではなく、自分自身です。
親の心配や期待を理解しながらも、最終的には自分で決める。それが、大人として自分の人生を生きるということです。
もちろん、それには勇気が必要です。親を悲しませるかもしれない。親との関係が一時的に悪くなるかもしれない。そんな不安を抱えながら、それでも自分の人生を選ぶ。
しかし、その勇気こそが、本当の意味で「大人になる」ということなのかもしれません。
親の期待に応えることで得られる「子どもとしての承認」から、自分の選択に責任を持つことで得られる「大人としての自立」へ。
このクライエントは、今、その大きな一歩を踏み出そうとしています。