なぜ、いつも同じパターンになるんだろう
カウンセリングルームに入ってきたアヤさんは、少し疲れた表情をしていた。ソファに座ると、小さく息を吐いて、ぽつりと言った。
「また、終わっちゃったんです」
ダイキ「そうだったんですね。お話、聞かせてもらえますか?」
アヤさんは少し考えてから、ゆっくりと話し始めた。
アヤ「付き合って4ヶ月くらいだったんですけど...最初はすごく楽しかったんです。でも、だんだん相手が冷たくなってきて。最後は『なんか違う気がする』って言われて」
ダイキ「それは辛かったですね」
アヤ「辛いんですけど、もっと辛いのは...これが初めてじゃないってことなんです。いつもこうなんです。3ヶ月とか、半年とか、そのくらいで終わっちゃう」
アヤさんの声は少し震えていた。
アヤ「私、何か間違ってるんでしょうか。それとも、私に何か問題があるんでしょうか」
ダイキ「アヤさんは、その『いつも同じパターン』って、どんなふうに感じていますか?」
アヤさんは少し考えた。
アヤ「最初はすごく楽しいんです。相手も優しくて、デートも楽しくて。でも...」
ダイキ「でも?」
アヤ「でも、ある時から急に不安になるんです。『この人、本当に私のこと好きなのかな』って。そしたら、相手の態度がすごく気になり始めて...」
アヤさんは言葉を選ぶように、ゆっくりと話した。
アヤ「『今日は返信が遅い』とか『前より会う回数が減った』とか。そういうのが気になって、ついつい確認しちゃうんです。『最近冷たくない?』とか『私のこと、まだ好き?』とか」
ダイキ「確認したくなるんですね」
アヤ「はい...でも、そうすると相手が困った顔するんです。『信用してないの?』とか『重い』とか言われて。そうすると、もっと不安になって...」
アヤさんは小さく笑った。自嘲するような笑いだった。
アヤ「結局、相手が疲れちゃうんだと思います。私も疲れるし、相手も疲れる。で、終わる」
過去を振り返る──「愛され方」を知らなかった
ダイキ「アヤさん、その『不安になる』って感覚は、いつ頃から感じるようになったか覚えていますか?」
アヤさんは少し考えた。
アヤ「...昔からかもしれません。高校生の頃から、恋愛するとそうだった気がします」
ダイキ「高校生の頃」
アヤ「はい。初めて付き合った人がいたんですけど、その時もそうでした。『本当に私のこと好きなのかな』って、いつも不安で」
ダイキ「その不安って、恋愛以外の場面でも感じることはありますか?」
アヤさんは少し驚いた顔をした。
アヤ「...あります。友達関係とかでも。『嫌われてないかな』とか『迷惑かけてないかな』とか、いつも気にしてる気がします」
ダイキ「なるほど。アヤさんは、周りの人との関係で、『ちゃんと大切にされているか』を確認したくなることが多いんですね」
アヤ「...そうかもしれません」
ダイキ「それって、もしかしたら、アヤさんが小さい頃の経験と関係があるかもしれませんね。差し支えなければ、ご家族のことを少し聞いてもいいですか?」
アヤさんは少し躊躇してから、静かに話し始めた。
アヤ「父は仕事が忙しくて、ほとんど家にいませんでした。母は...優しかったんですけど、いつも何か大変そうで。私が甘えたら迷惑かけちゃうんじゃないかって、いつも思ってました」
ダイキ「そうだったんですね」
アヤ「だから、いい子にしてなきゃって。手がかからない子でいなきゃって。そうすれば、愛してもらえるんじゃないかって...」
アヤさんの目に、涙が浮かんだ。
アヤ「でも、それって本当に愛されてたのかな。私が我慢してただけなんじゃないかなって、今になって思うんです」
ダイキ「...アヤさんは、『愛される』っていうのがどういうことなのか、よく分からないまま大人になったのかもしれませんね」
アヤさんは静かに涙を拭いた。
アヤ「そうかもしれません。だから、恋愛でも『本当に愛されてるのか』って、いつも確認しちゃうんですね...」
不安の正体──「見捨てられ不安」と「愛着スタイル」
少しの沈黙の後、ダイキは穏やかに話し始めた。
ダイキ「アヤさん、今お話ししてくださったこと、すごく大事なことだと思います。実は、心理学で『愛着スタイル』っていう考え方があるんです」
アヤ「愛着スタイル...?」
ダイキ「はい。人は幼い頃の養育者との関係を通じて、『人との関わり方』を学ぶんです。その学び方によって、大人になってからの人間関係、特に恋愛関係のパターンが決まってくることがあるんです」
アヤ「...私も何か、パターンがあるってことですか?」
ダイキ「そうかもしれません。アヤさんの場合、『相手に愛されているか常に確認したくなる』『見捨てられるんじゃないかって不安になる』っていう特徴がありますよね」
アヤ「はい...」
ダイキ「これは『不安型』と呼ばれる愛着スタイルの特徴なんです。幼い頃に、愛情を十分に感じられなかったり、親の態度が不安定だったりすると、『自分は愛される価値があるのか』っていう不安を抱えたまま大人になることがあるんです」
アヤさんは静かに聞いていた。
ダイキ「そうすると、恋愛でも『この人は本当に私を愛してくれるのか』って、いつも確認したくなる。でも、その確認行動が相手にとってはプレッシャーになって、距離を置かれる。そうすると、『やっぱり見捨てられた』って感じて、もっと不安になる...」
アヤ「...まさに、それです」
アヤさんは深くうなずいた。
アヤ「いつも、そのループにはまってるんです。不安だから確認する、確認するから距離を置かれる、距離を置かれるからもっと不安になる...」
ダイキ「そのループ、辛いですよね」
アヤ「はい...でも、それが『愛着スタイル』のせいだったなんて。私、自分がおかしいんだと思ってました」
ダイキ「アヤさんはおかしくないですよ。ただ、幼い頃の経験が、今の恋愛のパターンに影響してるってことなんです」
選んでいる相手にも理由があった
ダイキ「アヤさん、もう一つ聞いてもいいですか?これまで付き合ってきた人って、どんな人が多かったですか?」
アヤ「どんな人...?」
ダイキ「たとえば、性格とか、アヤさんへの接し方とか」
アヤさんは少し考えた。
アヤ「...あんまり自分の気持ちを話さない人が多かったかもしれません。クールというか、どこか掴みどころがないというか」
ダイキ「なるほど。アヤさんから見て、『この人、本当に私のこと好きなのかな』って不安になりやすい人だったんですね」
アヤ「...そうかもしれません」
ダイキ「それって、もしかしたら無意識に選んでるのかもしれませんね」
アヤ「え?無意識に?」
ダイキ「はい。不安型の愛着スタイルを持つ人は、『はっきり愛情を示してくれる人』よりも、『ちょっと掴みどころがない人』に惹かれやすいことがあるんです」
アヤさんは驚いた顔をした。
アヤ「でも、なんでですか?不安なのに、わざわざそういう人を選ぶなんて...」
ダイキ「不思議ですよね。でも、実は理由があるんです。アヤさんにとって、『愛されているか分からない状態』っていうのは、幼い頃から慣れ親しんだ状態なんです」
アヤ「...慣れ親しんだ状態」
ダイキ「はい。人は、辛くても『知っている状態』を選んでしまうことがあるんです。『はっきり愛情を示してくれる人』は、アヤさんにとって未知の体験だから、逆に怖く感じてしまう」
アヤさんは黙って考え込んでいた。
アヤ「...確かに、すごく優しくて、はっきり『好きだよ』って言ってくれる人もいたんです。でも、なんか...」
ダイキ「なんか?」
アヤ「...息苦しい感じがして。『こんなに愛されていいのかな』って。それで、自分から距離を置いちゃったんです」
ダイキ「そうだったんですね」
アヤさんは小さく笑った。
アヤ「結局、私、自分で自分を不幸にしてたんですね...」
ダイキ「不幸にしてたというより、『生き延びるために必要だった戦略』だったんだと思いますよ」
アヤ「え?」
ダイキ「幼い頃のアヤさんは、親の愛情が不安定な中で、『いい子でいれば愛してもらえるかも』って必死に頑張ったんですよね。それは、その時のアヤさんにとって、生き延びるために必要な戦略だったんです」
アヤさんは静かに聞いていた。
ダイキ「でも、大人になった今は、もうその戦略は必要ないかもしれません。むしろ、その戦略が幸せを遠ざけてしまっているのかもしれない」
気づきの瞬間──「私、愛され方を知らなかっただけなんだ」
アヤさんは深く息を吐いた。
アヤ「...私、これまでずっと『何かが足りない』って思ってたんです。もっと可愛くならなきゃとか、もっと気を遣わなきゃとか。そうすれば、愛してもらえるんじゃないかって」
ダイキ「そうだったんですね」
アヤ「でも、違うんですね。問題は私が『足りない』ことじゃなくて...」
アヤさんは言葉を探すように、少し間を置いた。
アヤ「...私が『愛され方』を知らなかっただけなんですね」
ダイキはゆっくりとうなずいた。
ダイキ「そうです。アヤさんは、十分に愛される価値がある人です。ただ、その受け取り方が分からなかっただけ」
アヤさんの目から、また涙が溢れた。でも、今度は少し違う涙だった。
アヤ「...なんか、すごく楽になりました。私がダメなんじゃなかったんだって」
ダイキ「アヤさんは、全然ダメじゃないですよ」
アヤ「でも...じゃあ、これからどうすればいいんでしょう。どうすれば、この『不安のループ』から抜け出せるんでしょうか」
これから──「新しい関係の築き方」を学ぶ
ダイキ「それは、少しずつ練習していくことになると思います。まず大事なのは、『自分がどんな時に不安になるか』に気づくことです」
アヤ「気づく...?」
ダイキ「はい。たとえば、相手からの返信が遅い時、『見捨てられるんじゃないか』って不安になりますよね。その時、『あ、今私は不安になってる』って気づくんです」
アヤ「それで?」
ダイキ「気づいたら、すぐに行動する前に、一呼吸置く。『この不安は、今の状況に対する現実的な反応なのか、それとも過去の傷から来てる不安なのか』って、ちょっと考えてみるんです」
アヤさんは真剣な顔で聞いていた。
ダイキ「そして、もう一つ大事なのは、『安心できる関係』がどういうものか、少しずつ学んでいくことです」
アヤ「安心できる関係...」
ダイキ「はい。たとえば、『はっきり愛情を示してくれる人』が現れた時、『息苦しい』って感じるかもしれません。でも、それは『慣れてないだけ』かもしれない。少し時間をかけて、その感覚に慣れていく練習が必要なんです」
アヤ「...難しそうです」
ダイキ「難しいですよ。長年のパターンを変えるって、簡単じゃありません。でも、アヤさんはもう『自分のパターン』に気づいたじゃないですか。それが、最初の一歩なんです」
アヤさんは少し考えてから、小さく笑った。
アヤ「確かに。今まで、なんで恋愛がうまくいかないのか、全然分からなかったんです。でも、今日話して、少し分かった気がします」
ダイキ「それは大きな一歩ですよ」
アヤ「...ありがとうございます。なんか、希望が見えた気がします」
最後に──「ゆっくりでいい」
カウンセリングの終わりに、アヤさんは少し照れくさそうに言った。
アヤ「私、もう恋愛しないほうがいいのかなって思ってたんです。どうせうまくいかないからって」
ダイキ「そう思ってたんですね」
アヤ「でも、今日話して...もう一回、挑戦してみてもいいかなって思いました。今度は、違うやり方で」
ダイキ「それはいいですね。でも、焦らなくていいですよ。まずは、自分自身と向き合う時間を大切にしてください」
アヤ「はい」
ダイキ「そして、次に誰かと出会った時、『この人は私を不安にさせる人かな』じゃなくて、『この人は私を安心させてくれる人かな』って視点で見てみてください」
アヤさんは深くうなずいた。
アヤ「...分かりました。ゆっくり、やってみます」
ダイキ「ゆっくりでいいんです。アヤさんのペースで」
アヤさんは立ち上がり、深く頭を下げた。
アヤ「今日は、本当にありがとうございました。来てよかったです」
ダイキ「こちらこそ、大切なお話をしてくださってありがとうございました」
アヤさんが部屋を出て行く後ろ姿は、来た時よりも少しだけ軽く見えた。
【カウンセラーからのメッセージ】
「関係が続かない」と悩む人は少なくありません。その背景には、幼い頃の養育環境で形成された「愛着スタイル」が影響していることがあります。
不安型の愛着スタイルを持つ人は、「見捨てられ不安」から、相手の愛情を過度に確認しようとしてしまいます。その結果、相手に負担をかけ、関係が終わってしまう...というパターンを繰り返すことがあります。
でも、それは「あなたがダメ」なのではありません。幼い頃に学んだ「生き延びるための戦略」が、今の関係性に影響しているだけなのです。
大切なのは、まず自分のパターンに気づくこと。そして、「安心できる関係」とはどういうものか、少しずつ学んでいくことです。
焦らず、ゆっくりと。あなたのペースで、新しい関係の築き方を見つけていってください。