こんにちは。さとしです。
皆さんのお悩みや愚痴を聞くことで心に溜まったモヤモヤを吐き出すお手伝いをさせていただいております。
今日は、僕がまだ学生だった頃、常に不安に苛まれていた時の話をしたいと思います。
僕の感じていた不安というのは厄介なもので、良くわからないけど何となく不安だったり、何となく焦っていたりと何だかモヤモヤした気持ちに囚われて気持ちが沈んだり、イライラしたりしてしまうというものでした。
自分で原因がよくわかっていなかったんですね。というよりは原因を考え、言語化することを無意識的に避けていたのかもしれません。
漠然とした不安を感じているときに、この不安の正体は何だろう?と考えたり、原因を突き止めて対処することはとても大変な事です。物事を考えるのって面倒だし、疲れますよね。おまけに自分のダメな部分や、嫌な部分に目を向けることになるかもしれないなら尚更です。
まだ精神的に幼かった僕にはとても上手く対処できることではありませんでした。
だからと言って不安は待ってはくれません。ちょっと気持ちが晴れたと思ったらまた襲ってきたりとタイミングもよくわかりません。
そんなことが続くとどんどん気力が衰え、現実的に立ち向かう力が湧いて来なくなります。
「この先ずっとこんな状態が続くのかな?」
こう考えてしまうと毎日は地獄です。未来に希望が持てなくなるのです。
それでもやっぱり辛いから何とか抜け出したい。でも気力も湧いてこない。
こんな時、人はどうするか?
簡単なものに飛びつくんですね。
「こうすれば幸せになれる」
「こうすれば大丈夫」
「この方法なら上手くいく」
こういった100%の断定で道を示してくれる言葉にしがみついてしまうんです。
僕もずいぶん色々探しました。
「こうすれば成功する」
「こうすれば金持ちになれる」
「こうすれば人生は思い通り」
「このお祈りを捧げれば幸せになりますよ」
自己啓発系から宗教まで。
これらは弱って思考力が低下している人間にとってはとても甘い蜜の味です。
間違いのない安心が欲しかったんですね。
なので確実に幸せになれる方法を探していたのです。
でもよく考えてください。
幸せになれる方法が書店に本という形で並んでいると思いますか?
インターネットで検索して見つかりますか?
誰かがこうすればいいですよと教えてくれますか?
ご存じのように、本屋に並んでいるし、ネットで見つかるし、教えてくれる人もいるんです。
ですが、それは全て人が与えてくれたものですよね。
自分の頭で自分の為に考えて捻り出した「幸せになる方法」ではないんです。
「幸せになる方法」なんてその辺に転がっているものではないのです。
そもそも幸せという定義自体が曖昧なものですよね。
人によって幸せの形は違うんです。
なのでまずは自分で幸せを定義しないといけないんです。
ここが難しいですよね。
人生とはとてもよくできたもので、全部手に入れることはできないようになっています。
拾うものと捨てるものを選ばないといけない。
では、何を捨て、何を拾うことが幸せにつながるか?
これは自分が考え、痛みや悲しみ、後悔などを感じながら選んでいくしかないわけです。
幸せとはなにで、自分は何を選べば幸せになれるのか?
自分の責任で決断し選び取っていく。
これが僕に足りなかったものです。
不安に立ち向かい、努力し、失敗し、また立ち向かう。
そういうことに立ち向かう覚悟が足りなかった。
では、どうすれば立ち向かう覚悟ができるのか?
それは主体性を持つことです。自分で考えて実行していく。
その為には頭の中をすっきりした状態に保たないといけないわけです。
不安や焦りに囚われているとまともに思考が働きません。
なので昔の僕のように不安や焦りに囚われて身動きが取れなくなっている人は
まず頭の中の不安や焦りを言語化してみましょう。
頭の中の言葉になっていない感情を言語化するにはある程度
冷静でいる必要があります。
「なんか不安でモヤモヤするな。何でだろう?明日の課題のことが気になっているのかな?」
もちろんこれはただの一例です。もっと大きな将来の不安があるときもあるでしょう。
そういう大きな悩みはそうそう解決しませんし、多くの人が抱えているもので、自分一人でどうにかできるものでもないです。
なので、日々の些細なことで何となく不安になっているときにこそ言語化の練習をしましょう。
小さなことからです。小さな不安の扱い方を覚えることで少しづつ自分の人生を自分でコントロールできるようになるはずです。
長くなってしまいました。まだまだ書きたいことがあるのでまた違う機会に
このテーマについての記事を出したいと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。