再:父について

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コラム
ふと、思う事があって、藤井風さんの「満ちてゆく」の歌詞を思い出していた。
お風呂に入りながら、口ずさんでみた。
あれもこれもどこか置いてくる、まで歌った時、
うっ、とこみあげてきた。
なんだろう。これはなんだろう。
もう一度歌ってみた。
健やかに笑い合える日まで、で再び、うっ、ときた。
浮かんでいたのは父だった。
20年程前に亡くなった父だが、折々で自分の中に未だ癒されない想いがあるのに向き合っている。

なぜ悲しくなるのか。なぜ涙が出るのか。
父からの愛が欲しくて、それがもう得られないと思うからだ。
そしてそれを切望しているからこそ、得られたことを想像して泣くのだ。

以前も父については記事にした事があるが、その時の事も思い出して、同じところに立ち返る。
父からの愛が欲しいけど、もう得られない、というのは、自分が作った設定なのだ。
本当にそれは得られないのか?
自分さえ設定を変えれば、それは可能なんじゃないか?という試みをしたのが以下のものだ。

こういった自分の中に隠れている想いというのは、一回クリアしたからはい終了というものでもなく、同じではないが似たようなものが出てくるものだ。想いが強ければなおさらだ。
今回もそういうものだと認識している。
まだ想いが残ってたんだねーと感じてあげて、また一緒にごはんでも食べて癒してあげよう。
改めて父と話したい事もあるかもしれない。
それがいいや。
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