天は二物を与えず(笑)

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コラム
タイトルの言葉、よく知られてるもの誰かの発言を聞いた時に思い出した。
「(笑)」をつけたのは、んなわけねーだろと思っているからだ。
どんな言葉でも捉え方によっていくらでも意味は変わるので、世間一般的な「平等」的発想としてのものについて書く。

そもそもこの言葉ってどういう出自なの?と調べてみたら、なんとびっくり明確な出自はないのだ。
それなのに広く知られてる言葉ってのはすごいよね。

まずね、一番自分がしっくりこないポイントはどこかと言うと
「社会常識としての長所しか、『与えられている』と思わない」
というところだ。
この言葉の「才能は天から与えられるもの」という見地に則るなら、人の優れているところを見てギフトであるとなる。
ではそれ以外の部分は?
その人を構成する他の部分は、ギフトではないというのか?
存在そのものがギフトである人間を捕まえて、特定の部分にしか価値がないと言うような発想は好きになれない。

また、それが技術的才能か容姿が優れているのか頭脳が明晰なのか、いずれにせよ、それらは比較の発想からくるものだ。
本来比較する必要がないものを、おなじ土俵に並べて比較して安堵したり苦しんだりする。
非常にしんどい生き方だ。

また、先に使った「平等」という言葉も、んなわけあるかいと感じる。
誰1人として同じ存在のいない人間が、平たく等しくなるわけがない。

言葉尻をとらえるような言い方をしたが、人間優れてるところだけじゃないよね、という論調に対して、一般的に優れてるかどうかという一面的な価値判断に流されずに、本質を捉えたいですよね、という話でした。
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