意識と肉体について

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今日はクソ寒かったねぇ
諸事情で寒い環境に居ざるを得なくて、ちょっと寒すぎてヤバいなぁとなった時に、これは一旦寒いという認識をズラしてみようと試みてみた。
つまり寒いというところに着目しない形をとったのだ。
そうしたら、いくらか寒さがラクになって、なんなら眠くなってきた。
それ死ぬやつ!と言われるかもしれないが(笑)、外的ストレスに対して、いくらかなかったことにできるのは面白いなと感じた。
そこでふっと浮かんだのは、多重人格(正しくは乖離性同一性障害だそうな)の方のことだ。
自分の人生において、深く関わった方で1人いらして、かなり昔なので記憶もあやふやだが、演技やふりでやれるものではない、確実に別の人になるあの感じはとても不思議なものであった。
これは昔テレビの特集で見た話だが、近眼でメガネがないと何も見えないレベルの老人が、子供の人格に交代したらメガネを外して普通に見えるというようなものだった。
そういった身体的機能までも人格交代によって制御出来るのであれば、本来そういった調整能力が身体にはあることになる。

つまり何が言いたいかと言うと、意識して自分と現実を遠ざけることで寒さを捉えなくなる行為と、ストレスを回避するために人格を作り出して防御する機構と、本質的には同じものなのではないか?と思ったのだ。
であるなら、そういった調節機能を司る部分を制御出来さえすれば視力に限らず身体を自由に調整出来るのではないか。

あ、思い出したけど、それこそヨグマタ相川圭子さんの公開サマディがめちゃくちゃいい例だった。
あれこそ、肉体の機能をとんでもない次元で調整しているものだよねぇ。
個人的には相川さんの肉体だから出来るのではなく、相川さんの魂だから出来るのだと思ってる。
つまり肉体に宿るポテンシャルとして、そういった調整機能は誰にでも標準装備されていると思っている。
あとはそれを信じること、許可することが完全に出来れば、特別なことではないのだろうなぁ。

まぁ、使命レベルでそれをする必要がある人しか到達しなさそうではあるけど。
人の理超えすぎてるからね、神の部分を使えないと。
なんちゃってなら今日の自分みたいにやれそうだけどね〜
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