「本当は、どうしたいですか?」
こう聞かれたとき、すぐに答えられますか?
意外と難しい質問だと思います。
「今の仕事を続けたいのかわからない」
「何か変えたいけど、何を変えればいいのかわからない」
「自分が何をしたいのか、そもそもよくわからない」
そんなとき、無理に「やりたいこと」を見つけなくてもいいと僕は思っています。
代わりに、一度こんな質問をしてみてください。
**「絶対にやりたくないことは何だろう?」**
僕の場合は、待つことが苦手です。
何もせず、じっとしていることも苦手。
そして、
「これって、別に僕じゃなくてもいいよね」
と感じることを続けるのも、あまり得意ではありません。
以前なら、そんな自分に対して、
「もっと我慢できた方がいいのかな」
「落ち着きがないのかな」
と考えることもありました。
でも今は、「嫌だ」という感情も、自分を知るための大切な情報だと思っています。
たとえば僕が「待つこと」が嫌なのは、
**自分から動きたいから。**
じっとしているのが嫌なのは、
**変化したり、行動したり、いろいろなことを経験したいから。**
「僕じゃなくてもいいこと」が嫌なのは、
**せっかくなら、自分だからできることに時間を使いたいから。**
こんなふうに、「やりたくないこと」を少し掘り下げてみると、その反対側に自分が大切にしている価値観が見えてくることがあります。
たとえば、
「人に合わせ続けるのが嫌」
→自分の気持ちも大切にしたい。
「急かされるのが嫌」
→自分のペースで丁寧に進みたい。
「細かく管理されるのが嫌」
→自分で考えて決めたい。
「苦手な人と無理して付き合うのが嫌」
→安心できる人との時間を大切にしたい。
「同じことの繰り返しが嫌」
→変化や新しい経験を楽しみたい。
「嫌だ」という気持ちは、わがままとは限りません。
**「本当はこうしたい」という気持ちが、反対側から現れていることもあるんです。**
でも、自分一人で考えていると、ここがなかなかわからないことがあります。
「嫌なのはわかる。でも、なぜ嫌なのかわからない」
「本当は辞めたいのか、疲れているだけなのかわからない」
「自分がどうしたいのか考えているうちに、余計わからなくなってきた」
そんなこともあります。
僕自身も、頭の中だけで考え続けると、同じところをぐるぐる回ることがあります。
そんなときは、誰かに話してみる。
話している途中で、
「あ、僕はこれが嫌だったんだ」
「本当はこうしてほしかったんだ」
「仕事そのものが嫌なんじゃなくて、この環境が苦しかったんだ」
と気づくことがあります。
人に話す意味は、必ずしも「正解を教えてもらうこと」ではないと思っています。
**自分の中にすでにある気持ちを、言葉にしながら見つけていくこと。**
それだけでも十分意味があります。
僕もココナラでは、お話を聴くサービスを出しています。
でも、「こうした方がいいですよ」と答えを押しつけることより、
「それって、どんなところが嫌なんでしょうね」
「逆に、どうだったら嬉しいですか?」
「本当はどうしたかったと思いますか?」
そんなふうに、一緒に整理していく時間を大切にしています。
もちろん、無理に誰かに話さなくても大丈夫です。
まずは今日、ノートやスマホに一つだけ書いてみてください。
**「僕・私は、何を絶対にやりたくない?」**
そして、そのあとにもう一つ。
**「それは、なぜ?」**
さらに、
**「じゃあ、本当はどうしたい?」**
まで考えてみる。
「やりたいこと」がわからなくても大丈夫です。
「これは嫌」という小さな感覚から、自分を知ることはできます。
そして、自分の気持ちが少しずつわかってくると、
「何を選ぶか」だけではなく、
**「何を選ばないか」も、自分で決めやすくなっていきます。**
みなさんが「これだけは、もう無理してやりたくない」と思うことは何でしょうか。
その気持ちの奥に、これから大切にしたい生き方が隠れているかもしれません。