「この先ひとりかもしれない」と思うとき——占いが見ているのは、縁の量ではありません

「この先ひとりかもしれない」と思うとき——占いが見ているのは、縁の量ではありません

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占い
ご相談のなかで、静かな声で書かれてくることがあります。

「この先、ひとりかもしれないと思うことがあります」

そう書かれた方に、私がまずお伝えしていることがあります。占いで見ているのは、縁が多いか少ないかではありません。

■ 縁の「量」を数えているのではありません

よく誤解されるのですが、命式を見て「縁が薄い人」「縁が濃い人」と分けているわけではありません。

見ているのは、その方が人とどう近づき、どう距離をとる形なのかです。近づき方には癖があります。速い方、慎重な方、先に相手の様子を見る方、気がついたら踏み込んでいる方。

縁が来ていないのではなく、来たときの受け取り方が決まっている。そういう読み方をします。

■ 結ぶのが上手な方ほど、深く結ぶのを避けることがあります

これは何度も出てくる形です。

人と合わせるのが上手な方は、浅いところではとても滑らかに関われます。場の空気を読み、相手に合わせ、角を立てずに過ごせる。だから人間関係で困ることが少ない。

けれども、深く結ぶ場面だけは別です。深く結ぶには、こちらの形を先に見せる必要があります。上手に合わせられる方ほど、その一手を後回しにできてしまいます。

困っていないから、変える理由がない。そのまま時間が過ぎることがあります。

■ 命式には、動くと開く場所が書かれています

四柱推命では、生まれた日に割り当てられた文字の組み合わせから、その方の持ち物を読みます。

持っているのに、表に出ていないということが起こります。しまわれた場所にあって、普段は使われていない。こういうとき、動いたときにだけ開くという形をとることがあります。

じっとしていると開かない。場所を変える、いつもと違う人に会う、断ってきたものを一度受けてみる。そうした小さな動きで開くことがあります。

■ ひとりの時間が長いのは、選んできた結果でもあります

これは責める話ではありません。

深く結ばないことを選んでこられた方には、たいてい理由があります。過去に一度、深く結んで痛かった。あるいは、自分の形を見せた結果、相手が離れた。

その判断は、そのときのご本人にとっては正しかったはずです。ただ、当時の正しさが、今もそのまま続いているかどうかは、別の話になります。

■ 「いつ」「誰と」は、私には出せません

はっきり申し上げておきます。

私がお渡ししている鑑定では、出会う時期や、相手がどこの誰かということは出せません。そこまで言い切る道具を、私は持っていないからです。

出せるのは、どういう近づき方をする方なのか、どこでつまずきやすいのか、そしてどういう相手と噛み合いやすいのかです。時期を言い当てることより、こちらのほうが手元で使えると考えています。

■ 分かるのは、扉の開け方のほうです

「この先ひとりかもしれない」という言葉の裏には、たいていもう遅いのではないかという気持ちがあります。

けれども、近づき方の癖は年齢では変わりません。二十代の方にも六十代の方にも、同じ形が出ます。変わるのは、その癖を知っているかどうかだけです。

知っていれば、同じ場面で一手だけ変えられます。いつもなら合わせるところを、一度だけ自分の形を先に出してみる。それで景色が変わったという方を、何人も見てきました。

ご縁がありましたら、こちらでお受けしています。


りつ洋玄

※ 命式は、これから起きることを決めるものではありません。動き方の癖が書かれているだけで、どう使うかはご本人の領域です。断定する言葉は使わずにお渡ししています。
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