「お日さまは東から昇る」という事実を、あなたが知っているとする。
もし誰かが悪気なく「西から昇ったお日さまが東へ沈む」と言ったら、あなたはどう反応するだろうか。
淡々と「朝日は東から昇る」と伝えるだけなら、感情は動かない。
事実と自分を切り離しているから。
「それは間違っている」
「そんなことを言うなんて許せない」と腹が立つなら、
そこでは事実がエゴと結びついている。
真実を否定されたのではなく、自分が否定されたと感じる。
このすり替えは、思想・宗教・尊敬する人物について起こりやすい。
「正しいものを守らなければならない」
そう信じるほど、攻撃は正当化される。
本来、真実は守る必要がない。
誰に否定されても、揺らがないからだ。
それでも人は「正しさ」を掲げて攻撃する。
間違いを正さなければ誰かが不幸になる。
だからこれは正義だ、と。
だが、そこで守られているのは真実ではない。
守られているのは、自分の正しさが揺らぐ不安。
正しさは、人を静かにすることもできる。
でも、その正しさが外に向いたとき、人を最も攻撃的にもします。
守っているつもりで、
剣を振りかざす人は少なくありません。