受け取ることの難しさ 前編

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占い

誰かに与えるより

受け取る方が難しい


と言うと

異を唱える人も

多いのではないだろうか?



受け取るのは

一見とても簡単そうに見える

事実、受け取るには

それほど苦労しなくても

出来そうである



与える方が難しく

あらゆる宗教も

こちらに重点をおき

そ教義ドグマとしている



宗教の唱えるそれは

与えることを教えている

けれども

本当は受け取ることを

教えようとしているのだ



誰かに与えることで

受け取る権利を

自分自身へ与える



宗教が

与えることを説くには

そういう真意があるのだ



それほどまでに

人は受け取ることを

困難にしている



受け取るだけの

価値が自分にはないと

幼い頃から条件付けられる



そのままでは

受け取る資格すらなく

そのためには

何かを無くさなければいけない

受け取るためには

何か辛いことを引き受けなければ

いけないと条件付けられる



これがいわゆる

お使い御駄賃理論である



何かを得るためには

自分の時間、労力を提供し

嫌なことや辛いことを引き受ける

その必要があるのだと

幼い頃に学んでしまう



もちろん

教育システムでも

同じように刷り込んでいく



そうして

自由だった子供たちは

安価な賃金で辛い仕事を

黙々とこなしていく

使い捨ての労働力となる



そして

仕事だけではなく

自身の私生活においても

我慢を強いられ

自由を、夢を、希望を提供し

何かを受け取ろうとする



そして

その受け取る量の如何は

すべて本人に任されている



そのままでは

まったく価値を持たない

そう教え込まれたマインドは

受け取ることを拒絶する



だから

彼らは与える方が楽なのだ



そこに罪悪感はない

そこに背徳感はない

そこには長年慣れ親しんだ

ある種の安らぎすらある



問題は解決より楽だ



まさにそれである



そして問題に留まったまま

足りない何かを追い求める



何一つ足りないものはなく

何ひとつ余計なものなど

ないと言うのにだ



後編へ続く



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