ありのままの私とは誰か?

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あなたは

一体、誰なのだろうか?

私とは

一体、誰のことだろうか?



自分探しという自己探求や

自己批判、自己評価

自己否定、自己肯定

自分を受け入れる

ありのままの私

何をもって"ありのまま”

と言っているのだろう?



それは

まるでオニオンピーリングだ

玉ねぎを剥くように

剥いても剥いてもキリがない

そして最後には

何も残らない



あなたが探究している

"自己”とは

本当は実体がないのだ



それは

思考という

マインドシステムが生み出した

幻想であり虚像だ



あなたのマインドが

発達する以前

そう、あなたが赤子の時

あなたはまだ

「自分」という認識がなかった



けれども

「あなた」はそこに存在した



我思うゆえに我あり



デカルトが言った

この言葉には

世の中のすべての存在を疑っても、

それ自体を疑っている自分自身の存在だけは

疑うことができない

という意味があるらしい



だが

これは「認識」に関することだ

決してあなたの

本性である「我」に

言及しているものではない



自我をエゴとも言う



このエゴに

核なる本質はない

それはマインドシステムが

でっち上げた「私」にすぎない



だから

あなたの中には

多くの違う種類の「私」

が存在するのだ



ニセモノの私の中を

どれほど探そうが

あなたは絶対に「真我」へ

辿り着くことはない



それは

あなたの努力の問題ではない

それは

ワークショップの非力さの問題ではない

それは

セッションギバーの力量の問題ではない



探している場所が

そもそも違うのだ



在る場所を探さずに

見やすく探しやすいが

存在しない場所を

懸命に探しているにすぎない



もし、そこで

「本当の自分」に出会ったら

それは100%ニセモノだ

よく観察してみるといい

時が経つにつれて

それがニセモノだと確信する

そして、また同じ場所で

別のニセモノを探し出す



スピリチュアル界隈で

行われているのは

大体がこれだ



だから彼らは

天使だの悪魔だの

神だの邪悪だの

浄化だの不浄だの

罪だの徳だの

高いだの低いだの

上だの下だの

縦だの横だのと

あなたをジャッジする



完全にマインドベースの

二元性の世界で

すべてを語ろうとしている

それは宗教の教義にも似ている



神は一元性の中にいる

宇宙は一元性として在る

存在に良いも悪いもないのだ

すべては一元性と共にある



それは"あなた”ですら

例外ではない

あなたは神の一元性の中にいる

あなたは一元性の宇宙と共にある

あなたは既に存在の一部なのだ



それを分離しているのが

マインドシステムだ

マインドはすべてを

二元性として捉える



そして

膨大にため込んだ

データという名の他人の中に

「自分」を探そうとする



なぜなら

マインドは

そこ以外を探す術を持たない



これが

スピリチャルを

理解するための第一歩だ

「私」とは誰なのか?

それをまず知ると

存在しない場所から

存在する場所へと

あなたの探究場所が

まったく変わってくる



ようやく

在る場所へと

目を向け始めるのだ



LOVE  Charam





OSHOトランスフォーメーションタロット

No.57 知性



あなたは

存在しない場所を探している

そこには在りもしないのに

ただ、分かりやすいというだけで

無い場所で懸命に探し続けている

暗くとも、探しにくくとも

在る場所を探さないかぎり

それを見つけることは不可能だ

マインドの中に答はない

マインドの中にあなたはいない

マインドの中では見つけられない

だからまず

マインドと距離を取る

マインドを見守ってみる

マインドの観照者となる

インドの神秘家和尚OSHOが

あれほど瞑想を推奨したのは

あなたに一歩を踏み出してほしいからだ

探す場所を見つけるのは容易ではない

けれども

無い場所から離れることは

とても簡単だ

まず、それから始めるといい



LOVE  Charam


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