試食コーナーだけで3ヶ月生きたホームレスの話

記事
コラム

こちらは2010年頃の話しです
あらかじめ言っておきたいことは3ヶ月後に
ホームレス卒業し試食した商品はその後
買っています

因みに悪質な試食と判断された場合は
犯罪になることもあるとのことです

さて本編に入りまして
なぜホームレスになったかというと
その頃50社近く転職しており社会不適合社
だと人生を諦めかけていた

そしてホームレスになっても試食コーナーで
食べて自販機のお釣りを拾ってれば何とか
なるのではと思い実行することに

試食コーナーの場所は大阪の梅田にある
阪急百貨店、阪神百貨店
心斎橋の高島屋だった

何故そこだったかと言うと
梅田は百貨店が隣合わせで移動が少なく
規模もでかいので他のお客さんも多く
目立ちにくいだろうと

心斎橋はパンの試食がありスタッフ不在で
貰いやすかったのと冷水機があったから。
なので主食はパンでした

そして梅田では様々な試食があり
頂いたものは
たくあん、ハム、果物をメインにしていた

自粛していたのは、うどんや海鮮
この辺りはスタッフもいるし
海鮮に限ってはザ、大阪のおばちゃんが
守っているので諦めました

一方自販機のお釣りの方は1日回って
100円程だったので
心許無くてホームレスに財布等要らぬわ
と思い

財布を売って全財産5000円程になった。
因みにケータイは初日に不注意で紛失
ますますガチのホームレスに近づく

寝床は梅田の地下鉄が閉まった後の階段
にダンボールを敷いて寝ており
始発で駅員さんが起こしてくれるので
オートモーニングコールと呼んでいた

ココナラでも有料でモーニングコール
をしている方もいるが
私は無料でやってもらっていたという
迷惑な自慢話だ

洗濯は障害者用トイレでササッと
済まさないと通報される為
5分で終わらせ、濡れた物を着て
自転車に乗って乾かすスタイル

人間扇風機と命名し思いの外乾いた。
どこかに干しホームレスバレバレは
嫌だったのだ

シャワーは当時漫画喫茶だと90円で
浴びれたので自販機で拾った金を使う

といった具合で見た目も清潔さも普通
だった為毎日道を聞かれて案内していた。

中でも外人の方に今日は休みかと聞かれ
毎日休みと言ったら冗談だと思われた
のが良い思い出である

そして2ヶ月位は割と楽しんでやれていたが
その後試食コーナーでガードが
きつくなると言うか

直接食べるなと言われる訳ではないが
声をかけられることが多くなり
次第に自粛することが増え

ギリギリの飢餓状態
その頃身長と体重は175センチ58キロ
体脂肪4%で体操選手並みだったので

このまま続けるのはキツそう
ってタイミングで様々なスカウトを
受ける

職種は建設関係、AV男優、ホスト
その頃24歳位のホームレスが
ダンボールで寝ていると目立ったのだ

最近はコロナでホームレスの方が増えた
みたいだが当時は見渡しても
同じような歳のホームレスはいなかった

結局ホストは断ったが数年後に別の
方にスカウトされホストにはなる

AV男優は女性の方に誘われビックリし
断ってしまったが
経験として行けばよかったと後に後悔

建設関係は2度スカウトされ
スカウト断るのも疲れてきたなと思い
ホームレス3ヶ月で卒業し寮に入り
暫く働き社会復帰

試食コーナー編でキツかったこと
夜になるとダンボールを集めるのが
嫌だった

なんで24歳でこんなことになって
しまったのだと

自慢ではないが私は高校まで進学校
に行っており
倶楽部のキャプテンや学級委員
ボランティアもやっていた

通知簿は3ばかりだったが内申点
だけで推薦合格し進学校に行った奴だ
因みに友達は評定平均4.5で
落とされている

なのでホームレスになるまでも
仕事をサボったとか散財したとか
はなく、いわゆる真面目系クズ

仕事が続かず辞めてからしか
次の仕事を探せない不器用人間
だった為生活費が尽きがちだった

よって他責思考かもしれないが
半分は自分の責任
自業自得とまでは思えないのだ


次回  ホームレスパチプロ編予定




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