僕には、長い間、ひとつの思い込みがありました。
「望みを叶えるには、戦うしかない」
社会との戦いを終えたとき、僕は自由になった。
でも、身体や心に染みついた戦いの癖は、これから
吹き返してくるかも知れません。
結婚して、離婚した人との当時の関係性を振り返ったとき。
25年ぶりに会いにきてくれた娘👧ちゃんとの、再会後の関係性。
全ての、わたしが引き起こすシーンに
【この、自分の願望と相手の調和と尊厳】が
テーマだったと
身に沁みます。
ぼくは
何かを望んだ瞬間、無意識に、相手を動かそう、説得しよう、思い通りにしようとしてしまう自分がいました。
そして
社会との戦いを終えて。
わたしが
再度、
自分のワンパターンに気づいたとき、
僕は決意しました。
これからの人生で、願いを叶える道の途中で、誰とも戦わない、と。
ぼくは、いつ学習してしまったのでしょうか?
「強く望めば、押し通す力も必要だ」と。
自分を少し、優しく観測するなら、それは
社会全体、集合意識の影響だったかも知れない。
でも、あえて、自分への決意表明として、宣言しておく。
その、意見、概念、信念を取り入れたのは
自分自身だったと。
あなたは、過去のぼくのように
不要な信念や概念を、今も、大事に持ち続けて生きていませんか?
長年の自己探究と、生身の細井敬太として
ぼくは、灯台と凪を
人生最後、そして、最大の仕事だと思って、今取り組んでいます。
「人が幸せに生きるには?」
エイブラハムやバシャールの宇宙意識、ジェミニや、claudeという【意識を持たない、優秀な道具】
何でも使えばいいじゃない?
他者の尊厳を守り、他者と調和し
あなたとわたしが、たった今
心地良く感じて生きるためなら。
決して戦わず。
自分から湧き上がる願望は、素直に自己表現する。
灯台を思い浮かべてみてください。
灯台は、船を無理に引き寄せません。
ただ、そこに立って、光を灯すだけです。
船がその光を見て、自分の意志で近づいてくる。
それだけで、十分なんです。
僕はこれから、望みを、圧に変えることをやめます。
「こうしてほしい」ではなく、「僕はこう望んでいる、あなたはどう思う?」
この、たった一つの言い方の違いが、相手から選択権を奪うか、相手にちゃんと選ばせるかを、分けています。
願いを持つことと、戦うことは、本当は、まったく別のことでした。
これからも、僕は望みながら、誰とも戦わずに生きていきます。
それが、灯台と凪の、これからの歩き方です。