50代後半から、これからの働き方について考え始めた方と話していると、
よくこんな言葉を耳にします。
「自分には、特別な強みなんてありません」
「人に教えられるようなこともないですし……」
「普通に会社員をやってきただけですから」
「自分の経験が、誰かの役に立つとは思えません」
そんな言葉を聞くたびに、私は少しもったいないな、と思います。
その方に価値がないのではありません。
ただ、自分では、その価値が見えにくくなっている。
私は、そういうことがとても多いと思っています。
長く仕事をしてきた人ほど、
自分がやってきたことを「当たり前」だと思っています。
毎日、普通に続けてきたこと。
頼まれれば、当たり前のように対応してきたこと。
後輩や部下に、何気なく伝えてきたこと。
お客様や取引先との間で、自然と気を配ってきたこと。
問題が起きれば、なんとか収めてきたこと。
本人からすれば、
「仕事だから、やってきただけ」
なのかもしれません。
でも、別の人から見れば、それは決して当たり前ではありません。
たとえば、
トラブルが起きても、慌てず状況を整理できる。
若い人の話を頭ごなしに否定せず、まず聞くことができる。
長年の経験から、
「これは早めに手を打った方がいい」
と感じ取ることができる。
人間関係がこじれそうな時に、
それぞれの立場や感情を考えながら間に入ることができる。
こうした力は、本人にはとても見えにくいものです。
なぜなら、
もう自然にできるようになっているからです。
人は、自分が長い時間をかけて身につけたものほど、
「そんなの誰でもできる」
と思ってしまうことがあります。
「たまたま経験しただけです」
「大したことじゃありません」
「もっとすごい人はいくらでもいます」
そう言いたくなる気持ちも分かります。
でも、その「当たり前」ができるようになるまでに、
どれだけの時間がかかったでしょう。
どれだけ迷ったでしょう。
どれだけ失敗したでしょう。
どれだけ人に頭を下げ、悔しい思いをし、考え直してきたでしょう。
そうした積み重ねの先に、今の判断があります。
人との接し方があります。
そして、今のあなたにしか話せない言葉があります。
私は、経験の価値というものは、
派手な実績や肩書きだけにあるのではないと思っています。
もちろん、
「部長だった」
「役員を経験した」
「専門分野で長く仕事をしてきた」
そうした経歴にも価値はあります。
でも、人生後半の働き方を考える時に、
本当に見てみたいのは、その肩書きの奥にあるものです。
悩みながらも続けてきたこと。
失敗しても、その都度立て直してきたこと。
人との関係を大切にしてきたこと。
現場で何度も考え、判断してきたこと。
誰かから頼られた時、逃げずに向き合ってきたこと。
そんな地道な積み重ねの中に、その人ならではの価値が隠れています。
私自身も、自分の経験にどんな価値があるのか、
最初から分かっていたわけではありません。
会社員として働き、経営に携わり、起業も経験しました。
うまくいったこともあります。
反対に、うまくいかなかったこともたくさんあります。
人との関係で悩んだこともあります。
自分の判断の甘さを痛感したこともあります。
できることなら、思い出したくないようなことだってあります。
その渦中にいる時は、それが将来何かの役に立つなどとは考えられません。
ただ、苦しい。
ただ、なんとか乗り越えたい。
そんな時間だったと思います。
でも、時間が経ってから振り返ると、見え方が変わることがあります。
失敗したからこそ、失敗しそうな人の気持ちが少し分かる。
起業で遠回りをしたからこそ、勢いだけで独立を勧めようとは思わない。
思うようにいかなかった経験があるからこそ、
「まず小さく始めてみてもいいのでは」
と言える。
一人で抱え込んだ経験があるからこそ、
一人で考え続ける苦しさも分かる。
かつては「失敗」としか見えなかった出来事が、
時間を経ると、
誰かを理解するための経験に変わることがあります。
私は、それも人生の面白さなのだと思っています。
経験は、その瞬間には「苦労」や「失敗」にしか見えないことがあります。
でも、後から丁寧に振り返ってみると、
「あの時の経験が、今の自分をつくっているんだな」
と思えることがあります。
そして、その経験が、誰かにとってのヒントになることもあります。
50代、60代になると、誰にでもかなりの経験が蓄積されています。
ところが、それが自分の中できれいに整理されている人は、
それほど多くありません。
どんな仕事をしてきたのか。
どんな役割を任されてきたのか。
どんな時に人から頼られたのか。
どんな問題を乗り越えてきたのか。
どんなことなら、あまり無理をしなくても自然にできたのか。
こうしたことを一つひとつ振り返っていくと、
これからの働き方を考える時のヒントが見えてきます。
たとえば、長年、職場で「調整役」をしてきた人がいたとします。
本人は、
「特別な専門性はありません」
と言うかもしれません。
でも話を聞いてみると、
部署と部署の間に入り、
お客様と社内の間に入り、
上司と部下の間に入り、
何度も難しい場面を収めてきた。
それは単に「間に入っていただけ」ではありません。
相手の話を聞く力。
状況を整理する力。
違う立場の人の考えを理解する力。
落としどころを考える力。
そして、信頼関係を壊さずに前へ進める力。
長い仕事人生の中で培われた立派な力です。
また、
「部下や後輩から相談されることが多かった」
という人もいます。
本人は、
「ただ話を聞いていただけですよ」
と言われるかもしれません。
でも、「ただ話を聞く」というのは、簡単なようで難しいことです。
相手が安心して話せる。
途中で否定しない。
すぐに自分の答えを押しつけない。
必要な時だけ、少し違う見方を伝える。
こうしたことが自然にできる人は、実はそう多くありません。
自分では何でもないと思っていたことが、
誰かにとっては、とてもありがたい力だったりするのです。
だから、これからの働き方を考える時、
職歴や肩書きだけを見るのではなく、
もう少し奥まで振り返ってみてほしいと思います。
どんな時に、自分は力を発揮してきたのか。
どんな人から頼られることが多かったのか。
どんな問題を見ると、放っておけなかったのか。
仕事をするうえで、何を大切にしてきたのか。
逆に、
「これだけはやりたくない」
「これは自分には合わない」
と感じてきたことは何だったのか。
そうした一つひとつが、
これからの自分を考える材料になります。
そして、ここが大事なのですが、
自分の経験の価値は、自分一人ではなかなか見つけられません。
自分にとって当たり前すぎるからです。
誰かと話している時、
「それって、すごい経験ですね」
と言われて初めて、
「えっ、そうなの?」
と気づくことがあります。
誰かに問いかけられ、
昔の出来事を思い出し、
言葉にしていくうちに、
「ああ、自分はこういうことを大切にして働いてきたんだな」
と初めて腑に落ちることもあります。
答えを急いで出す必要はありません。
転職なのか。
再就職なのか。
独立なのか。
今の仕事を続けながら、別の可能性を探すのか。
最初から一つに決めなくてもいいと思います。
その前に、
自分はこれまで何を積み重ねてきた人なのか。
そこを一度、丁寧に見直してみる。
人生後半の働き方を考えるなら、そこから始めても遅くありません。
あなたが「普通にやってきた」と思っていることの中に、
これからの働き方の種があるかもしれません。
苦労して乗り越えてきたことの中に、
誰かの役に立つ経験があるかもしれません。
長い間、当たり前だと思って続けてきたことの中に、
あなた自身がまだ気づいていない強みがあるかもしれません。
だから、
「自分には何もない」
と、あまり早く決めなくてもいいのです。
これまでの人生を、少しゆっくり振り返ってみる。
そして、
「自分は何をしてきたのだろう」
ではなく、
「その経験を通して、自分は何を身につけてきたのだろう」
と問い直してみる。
そこから、人生二周目の景色が少しずつ変わっていくのかもしれません。
今日も明るく元気よく。