お話を聞くサービスを提供しているつきこです。
相談に乗るって、簡単にできるように思われているし
現に、稼げたらいい的な人が増えてる印象がありますが
大丈夫かなあ、よけいに傷を深めてる人いるんじゃないかなと
おせっかいな心配をしております。
なぜなら。
相談に乗ってる人の「常識への囚われ方」が半端ないからです。
結婚やパートナーがいるほうが幸せ
くず男と付き合わないのが幸せ
家族がいるのが幸せ
お金を稼ぐのが幸せ
それを前提としての「相談」と思ってる節がある。
ほんまの相談ってそういうことではないですよね。
その人が生きていくこと、その人らしく生きていくことに尽きると私は思うのです。
どんな選択もありです。
「結婚できないのは○○だからだ」「パートナーができないのは○○だからだ」「引き寄せができない人にはこんな特徴がある」などの答えをする人すごく多いです。
あのね、相談してくる人ってのは、そういう人なんですよ。
困ってない人は相談しに来ないわけです。
相談する人の話だけを聞いて「困っている人の特徴」をいくら数え上げても意味がない。
結婚できている人がみんな幸せかどうかの統計を取ってはじめて「結婚が幸せであり、結婚できている人はみんなこういう人で、結婚できていない人はこうなんだ」と言えるはずなんですけど
誰一人、調査してないし、聞き込みもしていない。
ただ「結婚できない人の相談に乗っているだけ」なんです。
もしかしたら、結婚している人も同じ特徴を持っているかもしれないのに
まるで、あたかも、結婚できない人に問題があるかのように言ってしまう。
すごく失礼なことです。
私も何度も「出会いを逃した」とか言われて。この人たち、私の過去をディスって面白いのかなと思ったものです。
全否定じゃないですか?生きてきた道筋の。
ジャッジするなってのがスピの口癖ですが
他人の幸せをジャッジしてるのは誰でしょう。
この人と付き合ったら幸せになれない、とか
あなたはねじれてるとかね。
それ立派なジャッジです。
おそらく、その人が生きてきた中で「幸せの形」というのが出来上がっていて
相談してくる人の人生が「幸せでないように」見えるのでしょうが
それは自分の中の「幸せ」と「相談してくる人の幸せ」を比べているだけなのかもしれませんし、理解できないだけかもしれません。
人間の背骨はまっすぐではありません。
でも、小学校で「まっすぐの姿勢」を強制されたことで「まっすぐが正しい」と思ってる人は多いと思います。
幸せも同じです。
自分が自分軸になってパートナーができたからってそれを「正しい」と思い込んで他人に押し付けるのはただの自己満足です。真実ではない。
パートナーができることが「正しい」わけではありません。
いいことでもありません。そういう事象があるだけです。
そこに幸せかどうか、その結果が正しいかどうかという物差しを持ち込んでいる。
病気になった人に対して「こんな生活をするからだ」「こんな心構えだから病気になるんだ」と責める人がその人の病を治せますか。その人の心を癒せますか。
こうすればよかった、ああすればよかったなんて
あとからいくらでも言えます。誰にでも言えます。
自分が人よりわかっている、人より優れているという気持ちのある人。
「あなたはわかっていない」と教えモードになる前に
少し立ち止まってほしいと私は思います。
教えられてできるものではないということを。
導くとはそういうことではない、ということを。
たぶん人をディスってるっていう自覚もないのだろうと思います。
それぐらい普通にディスってるし、相談に来る人を下に見ている。
怖いことですよ。
何が怖いってそれが業になるんじゃないのか~~~~とか、とか。
時代によっては、教師が生徒を戦争に送り出すこともあったわけで。まさか自分がそんなことをしているとは、その時代の教師は思ってもいなかったのでしょうが、「正しい」という気持ちはそこにつながる怖さがあると私は思います。
答えを与えたいというエゴは、何より大きいです。それをなくすのは難しいのかもしれませんね。
別に幸せになるだけが人生ではないし。正解の人生を歩くために生まれたわけではないのよ。いろんなことを味わって感じて生きていいんだよ。
誰も言ってくれないんで(笑)私が言います。