別れた、という事実
私事ですが、お付き合いしていた彼女と今朝、お別れしました。
悲しみがなかったわけではありません。
ただそれ以上に、
「これは、わたしが背負う関係ではない」
そう気付いた出来事がありました。
出会ってすぐ、お互いのことをよく知らないままにお付き合いを始めてしまったこと。
今振り返れば、それはわたしの大きな反省点だったと思います。
誰かを大切にしたい気持ちと、自分を守ることは、両立しなければならない。
その当たり前のことを、わたしは少し忘れていました。
話を聞いてもらう側になって
別れた後、わたしは他の出品者さんに話を聞いてもらいました。
「聞く側」でいることが多い私にとって、それは久しぶりの経験でした。
否定されることなく、結論を急がされることもなく、ただ話を聞いてもらえる時間。
それだけで、こんなにも心が落ち着くのかと。
正直、驚きました。
人は正解が欲しいのではなく、気持ちを置く場所が欲しいのだと、改めて実感しました。
境界線を引くということ
今回の出来事を通して、
わたしははっきりと学びました。
「誰かを支えること」と「自分を犠牲にすること」は、
同じではありません。
優しさと甘さは違う。
寄り添うことと、背負うことは違う。
境界線を引くことは冷たさではなく、自分と相手、どちらも守るための選択です。
今のわたしは、それを言語化して、自分の中で持てるようになりました。
今、そしてこれから ──必要な人へ
今は、無理に前を向こうとはしていません。
ちゃんと立ち止まって、自分の気持ちを確かめながら過ごしています。
別れは終わりでもありますが、同時に、自分の境界線を大切にするための新しい始まりでもありました。
わたしは、完璧な答えを出せる人間ではありません。
でも、
★話を遮らずに聞くこと、
★感情を軽く扱わないこと、
★「それはつらかったですね」と言葉にすること
この3つは大切にしています。
もし今、誰かに話を聞いてほしい気持ちがあるなら、すぐに元気にならなくても、前向きになれなくても、全く問題ありません。
必要なときに、必要な分だけ、声をかけてもらえたら嬉しいです。
私のサービスは、
「人生を変える」ものではありません。
ただ、気持ちを置いていくための、小さなベンチのような場所です。
今日もここまで読んでくださって、ありがとうございました。
必要な人に、この言葉がそっと届きますように。
→「LGBT当事者として誰にも言えない気持ちを聴きます」