文章はリズムだと感じているし、そう思った話です。
プロは文章リズムを調整できる
文章を人が読む時、簡単にいえば何かが浮かんでは消えるなど情景を保持させたりまたは上書きしたりができるわけです。そういう細かい調整ができるのが、例えば小説家などはそのプロだと思います。
リズムとは一定のトーンみたいなもので、ワルツとかなんでもいいのです。3拍子とかそういうのです。ただそういうトーンをずっと文章に入れていると読みづらいというか、一定のトーンで眠くなる、いや退屈してしんどくなるんですね。見たくなくなる。離脱したくなってしまう。
だから、時には暴れて一気に書き込んでいくというところがあってもいいし、時には「え、それだけ」。と止めるということもあるというか。要するに一定のリズムで書き続けることでは多分限界があるということですね。
話すように書くにはどちらも体験がかなりいる
話すように書くということは良く言われるのだけど、それは文章を書くのだけど、「話しています」「あなたに伝えてます」という解釈を僕はしています。
とはいえ、これは経験が大事で、人と話す経験がないと当然書く時に「こう話しているのだ」ということが再現できないです。
逆に、書いていないと「話す」「書く」が連動しないのでなかなかまとまったことが書けないのかなと。
人に関心を持つことで文章も読みたくなるかも
音楽が色々とあるように、文章も色々あります。
そこを踏まえていくと音楽を聴くみたいに、色々な文章を見る読むのでなく「聴く」という感覚になれる気がします。当然、関心ということで、人の音楽を聴きたい、何か世界に触れたい。同様に文章ならその人や考え方や人そのものに関心がないとなかなか触れづらいのかもしれません。
だからこそ、人への興味関心があれば色々と文章は読んでいけるし読んでいけるのかもしれません。