張り付いた孤独

張り付いた孤独

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コラム
こんにちは皆様。

今日は三女が友達に会いに行って、次女と二人なのでボンヤリしている、家族が一人でも減るとやる気が起こらないのは何故だろう。

三女は学生時代の友達やキンダーで知り合った人とか人に会いに行く事が多い。

学生時代の友達は兎も角、キンダーで知ったと言われると、「大丈夫なの」と言いたくはなる。

まあでも30過ぎの立派な大人に言うのも何なので、言わないでに守っている、親なんてそうだよね。

遠方の短大を出てすぐに結婚して地元に帰ってきた私は、学生時代の友達と遊びのはできなかった。

親や夫に協力してもらえなかった上に、落ち着いたころ阪神淡路大震災があって、友人との連絡も途切れた。

心配だが被災して生活を必死に立て直しているのだと思う、地元にはもっと子供のころの友達もいるのだけれど、子供4人いて親のところさえ(同じ市にいる)行く暇もないので、当然付き合いはない。

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孤独を感じる時間もない位に忙しい日々だったんだ、今考えると子供や夫がいても孤独は身体に張り付いていたんだ。

孤独を解消するのは多くの人の所に行く事じゃない、これは私が仕事でレジや居酒屋に勤めて気が付いた事実だ。

人がどんなに沢山いても孤独を感じるときには感じている、それよりも自分の時間をもってチャレンジする方が孤独を解消できる。

人が生きる時間はいつも孤独を背中に張り付かせて、それを感じながらも、時々背中の物をこそげて、落としていく行為なんだと今は思っている。

あなたは孤独ですか?

1人だと感じますか?

それを含めて生きてゆくって事なんだというと、ちょっと教唆的で嫌ですが、孤独を双子の兄弟と思うしかないんだと思う。

あなたは連帯があると思っているかもしれないが、孤独も否定しないであげてください。

それも必要なのです。

いつも、有難う御座います。


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