スピリチュアルと現実

スピリチュアルと現実

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占い
私は過去生もカルマもあると思っています。

人との縁や人生の流れをみていると、
今世だけでは説明できないものは、事実あるものです。

霊的なものも存在すると思っていますよ。
事実、私も、そして私の親族もそのような説明のつかないものを感じながら生きていますし、そのような出来事は本当に数えきれないほど経験しています。

ただし、だからこそいえるのは、
霊的なものや過去生やカルマに囚われ過ぎるのはよくない、という事です。

囚われてしまうと、何かうまくいかないことがあるたびに、人間関係で傷つくたびに、「これは霊障だ」「これはカルマが影響しているのかもしれない」「前世からの課題のはず」と、すべてを「目に見えないもの」に直結させ無理に当てはめようと躍起になったり、または、すべてを目に見えないもののせいにして「現実(今世)と向き合う」事から目を背ける材料にしてしまう事があるからです。

もちろん、問題解決の為にそれらを紐解いていく事が重要な時もあるのですが、それが必ずしも全てはない=目に見える世界と目に見えない世界をフラットに捉える事がとても大事です。

それに、必ずしも、知る事がみえることが、幸せとも限りません。
それはスピリチュアルに限らずどんなことにも当てはまると思いますが、
何事も、見なくていい知らなくていい事って、ありますね。

なので、
仮にそれが前世から続く課題だったとしても。
仮に魂が決めてきたテーマだったとしても。

結局、向き合うのは「今」の自分であり、「今世」を生きる事にも変わりなく、生きる以上「現実」と向き合い続ける必要がある、という事を忘れない事です。

スピリチュアルの世界は、時に現実逃避の道具になりやすいです。
現実を見なくていい理由や居場所にしてしまう事もあるでしょう。

でも、
上手にスピリチュアルと仲良くし自分に活かし反映させていく事は出来ます。

その為にも、なぜどうしてと原因追及ばかりに注力したり、「目に見えないものに全てを委ねる、頼る(答えのすべてをここから見つけようとする)」のではなく、「あくまで自分を・現実をより深く理解し地に足をつけて自分らしく生きていく為の方法手段・判断材料の一つ」という視点を持つ事です。

なので、この視点を持っている人たちは、
「目に見えない世界」で生きるという事は「目に見える世界」でしっかり地に足つけ生きる事とイコールである事を理解しているという事=どちらの世界もフラットに捉えることが出来ますし、最終的に道を切り開いていけるのは自分だけであり、その選択は自分でしかできない。その重要性を痛いほど理解しているはずです。

「痛いほど」というのは、どちらに偏ってもうまくいかないのだ、という経験をかなりしてきていると思うからです。

ふわりふわりと綺麗事や美しい世界だけでは生きられない、だからといって、美しく綺麗な世界が存在しないわけではない、それは、どちらの世界も同じなのです。

本当に大切なのは、
「自分はこれからどうしていきたいのか」自分の軸をしっかり持つ事。

過去がどうであるのか、誰が何と言うのかを重要視するのではなく、「自分はどうありたいのか」に気づいていく事。

向き合うべき対象はいつどんな時も自分であるという事。

その答えを探す為に、喜怒哀楽をめいいっぱい使いながら、この人生という長い長い旅を続けているのかなとも思うのです。

それでは、また!
natsu


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