■所属組織を高く評価し自分を「同一視」する心理的プロセス
高度成長期の日本では、「モーレツ社員」と呼ばれる人がいました。
とある企業がCMのワンフレーズとして使用した「モーレツ社員」とは、家庭を顧みずに、会社のために献身的に働いたサラリーマンのことです。
「イケイケドンドン」の時代であった高度成長期では、日本を支える「企業戦士」と持て囃されましたが、バブル崩壊後は社会情勢が変化し、そういった働き方は殆ど見られなくなりました。
当時のサラリーマンは、なぜそこまで会社に対して「忠誠心」を持っていたのでしょうか。
こういった「忠誠心」の背景には『集団同一視』があります。
個人が特定の集団(組織やチーム、社会グループなど)の信念や価値観、行動様式を「自身のもの」と見なし、集団と自己を一体化させる心理的プロセスを意味する『集団同一視(Group Identification)』。
この『集団同一視』が生じると、自分が所属する集団を「好意的」に感じるようになり、実態以上にその集団を高く評価したり、依存感情や親愛の情を抱くようになって、より一層その集団に尽くすことに喜びを見出すようになるのです。
つまり、「モーレツ社員」は、「在籍する会社という集団」を「自分自身」と同一視することで、会社のために身を粉にして尽くした、というわけです。
■そもそも「同一視」とは?
「同一視」という言葉は、「同一」と「視る」という2つの言葉から成り立っています。
「同一」は「まったく同じであること」、「視る」は「みる、みなす」という意味で、つまり「同一視」は「物事や人を同じものとみなす」という意味になります。
また、この「同一視」は「単に似ている」というだけでなく、「区別せずに一体化して考える」というニュアンスが強いのが特徴です。
「同一視」は、心理学では「アイデンティフィケーション」と呼ばれています。
これは、他者の特徴や価値観、言動などを自分のモノとして取り入れる心理的なプロセスであり、「子どもが親の真似をすることで、親と自分を同一視する」ことが身近な例として挙げられます。
この「同一視」は、自己の成長や社会性の発達、集団や組織の一員としてのアイデンティティを形成する際に重要な役割を果たすものとして知られています。
■『集団同一視』の主な特徴と影響
『集団同一視』の主な特徴と影響としては、以下の点が挙げられます。
●「一体感」と「帰属意識」の強化
●「同調」と「模倣」の促進
●『内集団バイアス』が強まる
●「自己肯定感」が高まりやすい
●「過剰適応」が生じてしまう
◆「一体感」と「帰属意識」の強化
『集団同一視』によって、「組織やチームの一員である」という認知・感情的な結びつきが強まります。
◆「同調」と「模倣」の促進
また、所属する集団の基準に自分を合わせる(同調する)ようになり、ほかのメンバーの言動や外見などを模倣するようになります。
◆『内集団バイアス』が強まる
自分が所属する集団・グループ(内集団)を好意的に捉えて、ほかの集団よりも優先・優遇する心理的傾向である『内集団バイアス』が強まる傾向もあります。
◆「自己肯定感」が高まりやすい
『集団同一視』によって「集団の成功=自身の成功」と捉えやすくなるため、集団を介して自己評価を高める動機になります。
◆「過剰適応」が生じてしまう
一方で、所属する集団の「期待」に応えようと、自分自身の感情を抑え込んだり無理に努力しようとして、心身をすり減らしてしまう「過剰適応」に陥りやすいリスクも。
■『集団同一視』の典型例
所属する集団に依存感情や愛着を抱き、集団を自身を一体化させるようになる『集団同一視』。
自身が属する集団を「アイデンティティの拠り所」としようとするため、さまざまな場面で『集団同一視』が見られます。
典型的な例としては、以下が挙げられます。
●「モーレツ社員」や「ゾス文化」
●「応援する野球チーム」と「自分」を同一視
●「怪しい投資セミナー」や「宗教団体の集会」
◆「モーレツ社員」や「ゾス文化」
典型的な例の一つが、冒頭の「モーレツ社員」です。
「在籍する会社という集団」と「自分自身」を同一視することで、家族も顧みず会社のために献身的に働く、というわけです。
とはいえ、終身雇用制度が根付いた時代から変わり、特にバブル崩壊以降は「会社に尽くした挙句、リストラの憂き目に遭う」ことも見られます。
最近では、あえて厳しい環境で自分を鍛えたい若者や、営業の現場で「行動力を示す」言葉を意味する「ゾス」が、ガムシャラに働く若年層の一部で合言葉になっています。
◆「応援する野球チーム」と「自分」を同一視
日常の例としては、野球チームの熱狂的なファンが、その贔屓にしているチームと自分を「同一視」してしまうのも、『集団同一視』に当てはまります。
チームが勝てば熱狂的に喜び、逆に負ければあたかも自分が負けたかのような屈辱感を覚えるようになります。
◆「怪しい投資セミナー」や「宗教団体の集会」
怪しい投資セミナーや宗教団体の集会も、『集団同一視』が芽生えるケースと言えます。
登壇したスピーカーが「仲間」「一緒に」というキーワードを繰り返して発することで、当初「怪しい」と思っていた参加者に『集団同一視』が生じて、「疑いを持つ自分がおかしいのでは?」「怪しいと思っていたのは杞憂なのだろう」と思いやすくなるのです。
余談になりますが、「怪しいのでは?」と思った際、『認知的不協和』が生じて「怪しいという直面した現実」を歪めて解釈してしまうことも起こりえます。
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