超能力開発か霊性開花か

超能力開発か霊性開花か

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コラム
   超能力開発と霊性開花という言葉を比べてみるとスピリチュアルスクールで使れる言葉は圧倒的に霊性開花という言葉です。開発と言う言葉は元々なかったものをつくるという意味合いがあるからです。
 しかし、本来人間は神の分け御霊(みたま)を持っており、神とほぼ同等の能力を持っている存在なのです。(ただし、生まれ変わるためにそれは忘れています)
 ですから、私たちがやるべきことは忘れている能力を思い出すことです。それには開花という言葉がふさわしいのです。
 なぜ、私たちは現世に生まれてくるのでしょうか。
 魂はいつでもは気づき、目覚め、成長することを望んでいるからです。
 霊界は望めばすべてが手に入るような世界です。そのような恵まれた世界で魂を成長させることは至難の技であることは想像に難くないでしょう。
 あえて、不自由な世界に踏み込んで魂を磨くのです。それが現世は魂のスポーツジムと言われる由縁です。
 そして、実は自分が現世で経験したことは類魂といわれる魂の仲間たちと共有されて、より早く成長できるようになっているのです。
 このへんのところは霊界でももっとも説明するのが難しいところでしょう。
 霊能者エマニュエル・スエーデンボルグによると霊界ではまったく考え方が同じ人が住む村があるそうです。
   考え方がまったく同じなので争う事など絶対ありません。どうやらそれが「類魂の村」である可能性が高そうです。そして、その村の近くにはほとんど考え方が同じ人たちの村が無数にあるそうです。その一帯は言い方を変えれば天国と言えるのかもしれません。
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