がん治療 切除手術からの再発、転移  腹膜播種へ

がん治療 切除手術からの再発、転移 腹膜播種へ

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ちょうど一年前くらいに、重度の貧血から母の癌が発覚しました。

当時は近所の心臓内科にかかっていましたが

そちらの医院から紹介され、電車で2駅先の大きな公立病院で検査をし

本人と父、そして私がいる前で堂々と癌宣言をされました。

その時の母の表情はたぶん一生忘れられません。

「え、今ってなんの相談もなく本人に告知しちゃうのか-」

「それとも手術すれば治る見込みがあるから告知したのかな。」

もちろん、母には後者の予想で手術を頑張って乗り切ろうと話しました。

それから母との公立病院通いが始まりました。

大きな病院なので、しっかり予約をしていたとしても

2時間、3時間待たされるのは当たり前。

具合が悪いのがもっと具合が悪くなりますね。

やっと順番が来たと思っても、先生に診てもらえるのはほんの数分。

その日まで抱いてきた不安や疑問をぬぐうひますらありません。

不信感を持ちながらも、私たちはいろいろな検査を受けながら手術の日を待つしかありませんでした。

先生の話では、これならきれいさっぱり切り取れるような、そんなお話で

実際切ったあとも癌そのものも見せてもらい、

きれいに切れたからね、みたいなお話で少しは安心しました。


手術後は数か月に1回くらいの定期検査があり

2人で出かけては待たされ、検査を受け、帰りにランチを食べたりしました。

まさかそれが親子の最後のお出かけの思い出になるなんて思ってもみませんでした。

何度目かの血液検査(腫瘍マーカー)で値が高いと言われ

CT検査の再検査を受けました。

その日の事はよく覚えているし、本当、ついこの前の事のようにも思えます。

待合室で話したこと、他の患者さんにも声をかけたこと

母が着ていた服まで覚えています。

その検査で、最悪の結果が発覚したわけです。


嫌な予感はしていましたが、診察室の扉を開けて

先生の顔を見た途端に、私には結果がわかりました。

無責任に誰とも目を合わせることもなく淡々と

「癌があちこちに散ってしまっているので手術はもうできない」と

おっしゃいました。

「腹膜播種という状態ね。」

私も母もあまりわけがわからなかったけど

少なくとも私には、あーもう駄目なんだなとわかりました。

「抗がん剤をやるとしたら、胸に埋め込むタイプのポートってやつでね・・ブツブツ」

小声で何かおっしゃいますがよくわかりません。

先生「まぁ・・抗がん剤を受けるかどうかご家族で話し合ってもらってね・・」

わたし「はぁ。抗がん剤を受けなかったらどんな治療になりますか?」

先生「ううん。だから・・まぁ・・ホスピスとか予約してもらってね・・」

「ホスピス」という言葉は、わかりやすくかなり決定的でした。

もう打つ手はないよということですよね。

でも、本人の前で「じゃあ放っておいたら余命はどれくらいですか?」なんて聞けますか?

だから、話し合いの何の参考になるものもないまま空元気で帰りました。

この帰り道はかなり辛かった。

こんな時に限ってバスがなかなか発車しなかったり

電車もなかなか来なかったり。

一人になって大泣きしたい気持ちでした。

それから幾日かは、家族みんな、何をどう考えたら良いのかわからず

母がどこまでわかっているのかもよくわからず

本当~にどうしたら良いのかわからない状態だったと思う。


で、弟が見つけて来た「抗がん剤反対」意見の先生に会いに行くことになりました。

藁にもすがる思いでした。
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