「デスゲーム」には参加したくない

「デスゲーム」には参加したくない

記事
学び
 オースティン・クレオンという方をご存知でしょうか?
 どうやら有名な方のようです。
 ……数ヶ月前まで知りませんでしたが。
 クレオン氏の著作のひとつ「クリエイティブを共有(シェア)」。
 クリエイター向けのアドバイスをまとめた本です。
 その中に「新聞のお悔やみ欄を読む」という章がありました。

 タイトルだけでは、ちょっと不思議に感じるかもしれません。
 ご説明しましょう。

 章の中で、ジョージ・ルーカス監督が紹介されています。
 説明によりますと、若い時に監督は交通事故で
九死に一生を得る体験をしました。
 その辛い体験をきっかけに、自分が生きている一日一日に
感謝するようになります。
 やがて、その感謝が巡り巡って
名作「スター・ウォーズ」を産みだしたのです。

 ジョージ・ルーカス監督だけではありません。
 死にそうな目にあったことがきっかけで、「自分の命は有限だ」と実感。
 その結果、自分の人生を好転させた人は枚挙にいとまがありません。
 言葉にしてしまえば当たり前で、単純な、事実かもしれません。
 しかし、それを日々頭において生きるのと、漫然と生きるのとでは大違い。

 ガンジーさんの言葉にもあります。
「今日死ぬかのように生き、永遠に生きるかのように学べ」

 映画の中にも、これと似た表現はあります。
 例えば「隣のヒットマン」。
 ブルース・ウィリス演じるチューリップ・ジミーは
「誰だって死ぬんだ。遅かれ早かれ。今ある命を大切に生きよう」
……と語ります。
 ちなみに、ジミーの本職はヒットマンなのですが。

 あるいは「 SAW 」。
 デスゲームを開催するジグゾウ。
 その目的は、デスゲームの参加者に
「今日生きている喜び」を感じさせ
「命の価値を、改めて感謝させること」でした。

「自分の命の終わりを意識すること」の大切さは
「新聞のお悔やみ欄を読む」の中でこう説明されていました。
 逆に「自分の命の終わり」を意識しない生き方では
「機会を待つ」体制になってしまう。
 気づいた時には貴重なチャンスを失ってしまっている。
 そうなるよりも、自分の命の終わりを意識して
行動すべき……と。

 著者・クレオン氏はデスゲームは嫌いです。
 九死に一生を得るような思いも、痛い思いもしたくはありません。
 例え、自分の命の価値を実感することが目的であっても。

 どうしたらいいでしょうか……?

 冒頭に書きましたが、その方法が「新聞のお悔やみ欄を読む」。
 痛い思いも、苦しい思いも、九死に一生を得るような思いも
必要がありません。
 ましてや、デスゲームなんて。
 他者の死に関する記事、同時にその人が懸命に生きた記録。
 それを読むことで、自分の死を実感するそうです。

 死亡記事を読むかどうかは兎も角、自分の死をイメージするのは
良さそうです。
 試しにやってみました。
 ……。
 ……どうもうまくいきません。

 地に足のつかない想像は人並みにできます。
 どうやら、地に足のついた想像は苦手なようです。

 どうすればいいか考えてみました。

 答えが出ました。
 ガン検診を受けます。
 そして、この検診で「ガンだ」と
 さらに「余命三ヶ月」と告げられるとしたら……?

 そんな「ゲーム」を思いつきました。

 ……ガン検診が近づいてきています。

 最後までご笑読いただき、ありがとうございます。
サービス数100万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す