今、スマホの写真フォルダを開くと、何の写真が多いですか?
家族。食べ物。夕焼け。街並み。子ども。ちょっと変わったもの。人によって、かなり違うと思います。
ただ、今回見たいのは「必要だから撮った写真」ではありません。仕事のメモ、あとで忘れないための記録、InstagramやSNSに載せるために撮った写真は、いったん横に置きます。
見てみたいのは、撮らなくても困らないのに、なぜか撮ってしまった写真です。
家族がふと見せた表情。帰り道の夕焼け。変な看板。見たことのない商品。少しずつ育っている植物。片付ける前と、片付けた後。
特に使い道もないまま、写真フォルダに眠っている。
でも、その「なぜか撮った」には、自分が普段どこへ自然と注意を向け、どんな瞬間に心を動かされているのかが表れていることがあります。
私は、強みを「何ができるか」だけでは見ていません。何をしていると心が動くのかという「喜び」、考えなくても自然にしている「得意」、何のためなら力を使いたいと思えるのかという「意義」も、具体的な経験から見ています。
今回は、その中でも「喜び」に注目して、スマホの写真を見てみます。
人の「いい瞬間」に、ついレンズを向ける
旅行へ行った時、景色そのものより、そこで子どもが笑っているところを撮っている。友人が何かに夢中になっている時、思わずスマホを出す。
「今の顔、いいな」と感じてシャッターを切る。
この時、心が動いているのは、単に「人を撮るのが好き」ということだけではないかもしれません。楽しそう、安心している、夢中になっている。その人がいい状態になっている瞬間に反応している可能性があります。
もし同じ喜びが写真以外でも繰り返し出ているなら、仕事でも、誰かが楽しそうにしている時、安心した表情になった時、「できた」と喜んでいる時などに、自分も嬉しくなることがあるかもしれません。
ただし、ここから「人を支える仕事が向いている」とまでは言えません。
イベントをつくって参加者が楽しんでいる姿を見ることかもしれない。お客様が良い体験をしている瞬間かもしれない。自分が直接支援する場面に限らず、「人の状態が良くなること」が喜びになる仕事は色々あります。
【見出し】景色・光・色・雰囲気に、ついレンズを向ける
写真フォルダを見ると、夕焼けが多い。建物や街並み、カフェの店内もよく撮っている。
「何がいいの?」と聞かれるとうまく説明できないけれど、なんか、この感じがいい。
そんな理由でスマホを向ける人もいると思います。
この場合、出来事そのものよりも、色、光、見え方、空気、全体の雰囲気といった、感覚的なまとまりに心が動いている可能性があります。
同じ関心が仕事にも現れているなら、資料の見え方、言葉の選び方、場の雰囲気、「相手にはどう伝わるだろう」といった部分へ、自然と目が向くこともありそうです。
ここは、一つ注意したいところがあります。
景色の写真が好きだから、デザインが得意という話ではありません。
一枚の写真から分かるのは、あくまで「どんな状態に心が動きやすいのか」という関心の方向です。実際にそれを形にする技術や能力があるかどうかまでは、この経験だけでは判断できません。
「なんだこれ?」という発見に、ついレンズを向ける
道端の変な看板。面白い形の雲。ちょっと変わった商品。ほかの人なら、そのまま通り過ぎてしまいそうなもの。
「あ、これ面白い」
そう思った瞬間に、スマホを取り出している人もいます。
先ほどの「景色や雰囲気がきれいだから撮る」とは、少し違います。こちらで心が動いているのは、「見つけた」「他とはちょっと違う」という発見そのものかもしれません。
もし同じ感覚が別の経験にも繰り返し出ているなら、仕事でも「あれ、これ少し変じゃない?」という違和感に気づく、ほかの人が見落とした情報を拾う、「これ何だろう」と少し掘ってみる。そんな過程を面白く感じる可能性があります。
大事なのは、「変なものを撮る人は観察力がある」と能力に変換してしまわないことです。
まず分かるのは、ほかと少し違うものを見つけた時に、心が動いているかもしれないということ。そこから先は、別の経験でも同じことが起きているかを見ていきます。
「前と今の違い」に、ついレンズを向ける
子どもを毎年同じ場所で撮る。植物が少しずつ育っていく様子を残す。部屋を片付ける前と、片付けた後を撮る。
こうした写真は、一枚だけを見ても意味が分かりにくいことがあります。
でも、前の写真と並べると、「こんなに変わったんだ」と分かる。
この場合、一枚の美しさよりも、前と今を比べた時に、変化や積み重なりが見えることに心が動いている可能性があります。
もし仕事でも同じ喜びが出ているなら、進捗が見える時、改善前と改善後を比べられる時、やってきたことが積み上がっていると確認できる時に、手応えを感じやすいかもしれません。
反対に、ずっと取り組んでいるのに変化が見えない仕事では、頑張っていても手応えを持ちにくいことがあります。
能力の問題ではなく、自分が何によって「進んでいる」と感じられるのかを知っておくと、働き方を見るヒントになります。
食べ物の写真でも、「なぜ撮ったか」は違う
こちらを書いている途中で、「食べ物の写真が眠っている人も多そうだな」と思いました。
でも、「食べ物(料理)をよく撮る」というだけでは、まだあまり分かりません。
例えば同じ料理でも、色がきれいだった。盛り付けがかわいかった。お店の雰囲気も含めて好きだった。SNSに載せるためではなく、それ自体に「いいな」と感じて思わず撮ったのであれば、先ほどの「見え方や雰囲気」に近いかもしれません。
一方で、見たことがないほど大きい。妙な形をしている。「なんだこれ」と思った。
それでスマホを向けたのであれば、「発見したこと」に心が動いている可能性があります。
もちろん、「SNSに載せるために映える写真を撮った」という場合は、今回はいったん横に置きます。見たいのは、誰かに見せる予定がなくても、自分が反応して撮ってしまったものです。
だから、見るべきなのは「食べ物」「景色」「人」といった被写体のカテゴリーだけではありません。
その何に反応して、スマホを向けたのか。
ここまで見ると、同じ写真フォルダでも、少し違って見えてきます。
「私はこの4つのどれ?」で終わらせない
ここまで紹介したのは、人のいい瞬間、空気や美しさ、小さな発見、変化や積み重なりという4つの見方です。
これは「写真好きには4タイプある」という分類ではありません。他の喜び方も当然あります。
大切なのは、ここから「私は3番だ」と決めることではなく、写真以外の経験でも同じところに心が動いているかを見ることです。
例えば、写真では変なものを見つけて撮ることが多い。
仕事でも、「あれ、これちょっと変じゃない?」という部分を見つけると急に面白くなる。趣味でも、ほかの人が気づかなかったものを見つけるのが楽しい。
そんなふうに違う場面でも同じ喜び方が繰り返されているなら、それは自分にとって自然なエネルギー源の一つである可能性が高まります。
私は普段、仕事だけでなく、旅行や映画、家事、趣味、学生時代などの何気ない経験まで聞きながら、そこに繰り返し現れる喜びや得意を見ています。
一つの出来事だけで決めず、別の経験でも同じものが出ているかを見ることで、その人らしさが少しずつ具体的になります。
写真フォルダを見るなら、「何を撮った?」のもう一歩先へ
もし、この記事をスマホで読んでいるなら、一度だけ写真フォルダを開いてみてください。
最近撮った写真の中から、「撮らなくても困らなかったのに、なぜか撮った写真」を一枚選んでみます。
その写真について、
最初に何が目に入った?
何が気になった?
何が「いいな」「面白いな」「残しておきたいな」と思わせた?
と考えてみてください。
「家族の写真が多い」「食べ物が多い」だけでは見えなかったものが、少し見つかるかもしれません。
普段なら「なんとなく撮っただけ」で終わる一枚にも、自分が自然と何へ注意を向けているのかが残っています。
そうした何気ない経験をいくつか並べていくと、「私はどんな時に自然と心が動くのか」が少しずつ具体的になる。
それは、仕事でどんな場面なら自然とエネルギーが湧きやすいのかを知る手がかりにもなります。
あなたの写真フォルダにある「撮らなくても困らなかったのに、なぜか撮った一枚」。その時、何に心が動いてスマホを向けたのでしょうか。