私、邪魔すぎ問題

私、邪魔すぎ問題

記事
占い
私が文章を読んでいて
心を動かされるのって
どんなときだろう?と考えたら

うまい下手ではなく
長い短いでもなく
また正論か否かでもなく

「純度」と「熱量」の高さを
感じるときだな、とある時思った。

そして私はというと、
占いの鑑定結果を
テキストでお伝えする際

文章に純度と熱量を
乗せることの難しさに
いつもぶち当たっている。

ただ自分の言いたいことを
ワーーー!!!!
と全力で伝えることが、
純度と熱量の高さに
つながるわけではないからだ。

だいたい占いにおいて
“自分の言いたいこと”を
伝えるというのが大間違いだ。

お客様は
『占い』というツールを
使いたいのであって、

私一個人がどう思うかに
価値を感じているわけではない。

アドバイスの種類や幅、展開の仕方は
私の知見が増えるほど
豊富になっていくのは確かだけれど

「何を伝えるか」という軸の部分は
私に決められるものではないのだ。

だから
タロットカードを読むときに
私の意思が入ると
解釈も結果も大きく変わってしまい、

どれほどお客様のことを思った
アドバイスだとしても
本質と大きくかけ離れていく。

ところが、
おそろしいことに
「伝えたい」という私の思いは
純粋なものなので、

一見、純度が高い風に
綺麗にまとまってしまうのだ。

その上、
私はぜんぜん出来た人間じゃないから

相手の意見を否定することで
自分の正しさを主張したり

相手の役に立つことで
自分の存在意義を確認したり

誰かを踏み台にして
自分を証明し
心の安心を得たくなる

そんな弱さがまだまだある。

こういう弱さゆえの私利私欲が
うっかり鑑定中に出ないよう
細心の注意を払っているけれど、

おそろしいことに
私利私欲の暴走は

熱量に似た
気持ち良い感情のたかぶりがあり

正しいことをしていると
勘違いしそうになるのだ。

こんなふうに
伝えたいことの中に
「私を認めてほしい」という意図が
一滴でも落ちた瞬間

どれほどの良い言葉も意味を失い、
アドバイスはいらぬお節介へと
形を変える。

だから
私という存在を
限りなく透明にすることが
何より大切だと思っている。

心を動かす「純度」と「熱量」とは
ホンモノ度合いのことで

それは
ニセモノをどれだけ削ぎ落とせるか
にかかっていて

まだまだ未熟な私は
自分を見張っていないと
いらぬものを混ぜてしまうから
気が抜けないのだ。

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